ヴィランは綺麗に嘘を吐く

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「は、離し、て…」  少し口を開けば恐怖で歯がガチガチと鳴った。シーツに沈められた両手はいつの間にか恋人繋ぎで指を絡ませ昨夜の情事を思わせる。  幸せだったのが嘘みたいに、一変した。 「すずが好きなのは、俺だよね」  同じ台詞をもう一度吐いた形の良い唇。  手が震える、声も。この人だれ? 私は一体誰に恋をしていたの? 「あ、あなた、誰、ですか」  振り絞った声に返事はなかった。  ただじっとこちらに的を絞ったような眼差しが怖くて、目が離せない。  どうしてここにいるの?  本物の紫乃くんはどこ?  聞かなければいけないことはたくさんあるのに、ただひとつ、目の前にいる人物が誰なのかわからない恐怖を和らげたい一心で聞いた。 「さぁ……誰だろう?」  困ったような微笑みが、両手を拘束する力とのコントラストで歪んで見える。そのまま顔を寄せたら首筋に口づけた。その瞬間、ぞわ、と背筋を駆け抜ける寒気。 「い、嫌…っ」 「嫌じゃないでしょ。俺のこと好きなのに」 「いやぁ、こわい…!」 「怖くない、怖くない」  鎖骨まで開けた肌に、ちゅ、と小さなリップ音。正気と思えない言動に溜まった涙が溢れ出せば、「あらら…可哀想に」と楽しそう。 「泣かせちゃった。ごめんね? "紫乃くん"じゃなくて」  そう告げる陽気な声がもう、ただただ怖い。
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