第12話 幼馴染①

1/1
前へ
/17ページ
次へ

第12話 幼馴染①

◇ 「…お呼びでしょうか、ルイス様」 「ああ、疲労で倒れたと聞いたんだが…」 あなたのその心配するような表情には、どういう意味が込められているのだろう? もしかしたら、その心の内では、私を嘲っているかもしれない。 そして、この質問には、なんと答えるべきなのだろう。 「はい」か「いいえ」か。あるいは、「ありがとう」か。いつもならありがとうと言うだろうけれど、もう私は、我慢の限界だった。 「…いいえ」 「…は?」 「私は、疲労で倒れたのではありません」 「なら、どうして?誰がそんなことを!?」 ああーーよく言えたわね、その口で。 私を傷つけてきたのも、裏切ってきたのも、全てーー。 「…あなたです」 「は?」 「私は、あなたに裏切られてきた。ルイス様、あなたは私に反省したとおっしゃいましたわね?それなのに、そんなことも忘れたのですか?」 「…どういう…」 「ルイス様は、未だ多くの女性と懇意になさっているようで」 「っ……!」 真実だろうか、図星だと言わんばかりに彼は黙り込んだ。 そしてその認めたような態度が、余計に私を傷つける。 「…何か、言ってください」 促すように、責めるように、夫を見る。 それが、今私ができる精一杯のことだった。 彼はそれまで俯いていた顔を上げ、私を見据えた。 「っ…ああ、そうだ!だからなんだ!?」 「えっ…」 「お前は、本当に、面倒な女だな!ちょっと大人しいからって放っておけば、いつのまにか調子に乗りやがって……!」 逆ギレした夫は、ティーカップを私に投げつけた。 ふいに耳をかすり、私の背後にあるドアへと突き当たった。 そして私は、というと、耳のかすり傷の痛みよりも心の痛みを感じていた。 ルイス様が放ったその言葉の意味を、理解しようとしながらーー。 「おとな、し、い…?」 すると、はっと彼は口を抑えた。 「いいから出て行け!お前は、もう二度とここに来るな」 「なぜ、やはり…騙していたのですね!?」 「うるさい、うるさい…!言っただろう、お前こそ忘れたのか!?私はーー僕は、んだと」 どくん、どくん。 だんだん大きくなる鼓動を無理矢理聞かないようにしながら、私は走った。 走って、走ってーーどれほど走っただろう。 気づけば、屋敷を出ていた。 「う、うぅ、ふぅ……」 涙が溢れて、止まらない。 「お前なんかどうでもいい」ーー何度も聞いたその言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。消えないーー。 「…アイリス?」 ふいに声がして、その方を見ると、リアムが立っていた。 「あ、リア、ム………」 彼は私の顔を見た途端、駆け寄り思い切り私を抱きしめた。 「…泣くな、アイリス。大丈夫、大丈夫だからーー」 久しぶりに聞いた優しいその言葉が、冷めた私の心を溶かしていく。 そう、いつも、この幼馴染は、欲しかった言葉をくれるのだ。 なんとか正気に戻った私は、全てを打ち明けることにした。 ◇ 「で、抱きしめたわけですかぁ〜。やるなぁ、リアムってば」 「う…うるさい。今は、そういう話じゃない」 リアムの書斎にて。 僕の側近のルカがひゅーと口を鳴らす。彼とはこれでも幼い頃からの付き合いで、彼はよくタメ口で話してくるのだ。 そして今、話している内容は、今日街中で会った、大切な人、アイリスのこと。 「それにしても、不憫っすよね〜。どれだけ愛しても夫は浮気性で」 「…浮気性とは言ってない」 「まあまあ、そこは置いといて〜。で、そのアイリスさんは今後どうするの?」 それについては、彼女は何も語ってこなかった。 昔から、そういう性格だ。 彼女自身は気づいていないが、昔から人のことばかり気遣う。なんでも「人のおかげ」にし、自分は一切何もしていないかのように振る舞っている。 アイリスは小さい頃もあまり泣かない子でーーだからこそ、余計に今日も僕の心臓がどくんと鼓動を打ったのだろう。 元から可愛らしい子だった。 それが成長するにつれ、美しい淑女になった。 その綺麗な顔が、涙を流すほどに苦しんでいると知れば、それは僕にはとても耐えられない。 だってーー昔から、ずっとずっと、好きだから。 悲しいことに、その想いは届いたことはない。 だからこそ、簡単にアイリスは他の男のものになってしまった。 好きなら、いい。 アイリスを大切にしてくれるなら、幸せにしてくれるなら、それでいい。 なのに、その夫ときたら、浮気はするわ妻に嘘はつくわで最低な男だった。 「…なんで、あんなやつが」 あんなやつが何の努力もせずアイリスを手に入れているのか。 思わず僕は舌打ちする。 そして、そんなやつに懸命に愛を注いでいるアイリスを見ていても、辛いのだ。 「ーー愛をどれくらい注いだって、返ってこなければ心が死んでしまう」 あるいは、「心を捨ててしまう」というところか。 今度は、その分誰かが、彼女を愛するべきだ。 そしてその「誰か」に僕がなれるようにーー。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

84人が本棚に入れています
本棚に追加