第9話 優しさ②

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第9話 優しさ②

◇ 夫は、それからもずっとずっと、優しくしてくれた。 私はすっかり彼に虜になってしまっていたーー。 夢のようだった。 彼は、私のことを愛してくれている。ティアナや他の女性なんてもうどうでも良くて、私のことが一番大事なのだ、と。 そんな、都合の良い夢ばかり見ていたーー。 ◇ 今日、知り合いに招かれたパーティーで、私たちはすっかり噂になっていた。 「…あんなに仲がよろしかったかしら」 「美男美女で、お似合いですわね…」 「とうとうルイス様も、父君と同じく愛妻家になられたか」 不思議と、心が躍った。 夫は、今夜、二度も踊ってくれた。それが嬉しくて…私は今までで一番綺麗に踊ろうと決めたのだ。 ルイス様の上手なリードに負けるものですか。 踊り終わった後に気づいたのだが、私たちは皆の真ん中で注目を浴びていた。 恥ずかしかったけれど…ルイス様は、にこっと微笑んで「上手」と言ってくれたから、それだけで満足だった。 「あら、リアム」 「…アイリス。あの男は、一体どうしたんだ?」 「どうしたもなにも、改心してくれたのよ、きっと」 私は信じきっていた。 夫は、改心し反省し、今のような態度を取り続けているのだと。 「っ、アイリス、君は騙されてる!あの男が、一体君に何をしたか…」 「黙ってっ!これ以上あの人を、侮辱しないで」 そして、それを信じている私を惨めに言わないで。 「…なんで」 「だって、大切な人だもの」 もう一度心が復活した私ができることは、夫を信じることだけだった。 「本気、なんだね」 これほど真剣な眼差しを見たのは初めて、と苦笑しながらリアムは言った。 「…でも、アイリスには、目を覚まして欲しい」 その言葉の意味はわからず、私はただ失礼なやつ、という認識をしただけだった。 ーーその相手は、私を助けてくれた幼馴染だというのに。 ◇ 「今日は、出かけてきますわ」 「…!?危険だ、貴族の女性が…」 「大丈夫です、レナがいますわ」 だって、今までのことは水に流してーーあなたに、プレゼントを買いたいのだもの。 ありがとう、これからもよろしく……って。 「どこに行くんだ?」 「この前行った街です。そんな遠いところには行かないわ」 「そうか…気をつけるんだ」 「ふふ。ルイス様ったら」 本当に心配症ね。 レナも、「愛されていますねぇ」とこちらを向いて笑みを浮かべながら私の頭上に日傘を差した。 「じゃあ、行きましょうか」 「はい!」 それから、これがいい、あれがいいとレナと話し合いながら、結局私は、書き仕事の多いルイス様に、新しいおしゃれな万年筆とハンカチをプレゼントすることにしたーー。 「ただいま、帰ったわ」 「おかえりなさいませ、アイリス様!」 皆がにこやかに出迎えてくれる。 ああ、なんて私は恵まれているのかしら…そう思いながら、私は自室に行く。 すると、アークがやってきた。 「本日は、ルイス様は夕食を一緒にお召し上がりにならないそうです」 「そうなの?…忙しいのね…」 ちょっとでも寂しく思っちゃうなんて。 最近私はどうかしている。 「じゃあ、レナ。一緒にいただきましょうか」 「え!?そんなっ…私は、使用人です!奥方の地位にいらっしゃるアイリス様と同じ食卓は…」 「私が許しているのよ。さあ、一緒に食べましょう?」 「は、はい…ありがとうございます、アイリス様……!!」 しかし、それから何日も、何日も、夫は食卓を共にしてくれなくなった。 朝ですら、一緒ではなくなった。 「…レナ。私、お庭を見てまわりたいの」 「わかりました!すぐに準備しますね」 庭園を見て回る。 そこら中に薔薇が咲き誇っている。あたかもラグリー家の栄えを表すかのようにーー。 そして、私の視線の先には。 「…ティアナさん?」 「あっ…アイリス様」 レナが後ろでティアナを睨みつける。 けれど、私はそれを遮るようにしてティアナの前に立った。 「見たければ心ゆくまで見ればいいわ。ティアナさんは、仕事を真面目にこなしていらっしゃるようだから」 「…は、い…」 驚いた。 こんなにも自信のないティアナを初めて見たーー。 「ティアナ。何かあったら、相談していいのよーーなんて、私に言われても困るわね」 苦笑しながら、それでも私は確かに彼女に告げる。 「けれど、一人で背負い込む必要はないのではないかしら」 私は結局、全てを一人で背負って心を捨てるという判断までしてしまった。 けれど、今思えばーー周りの人たちに助けを求めれば良かったのだ。 「…っ、アイリス様っ…どうかお聞きください」 「えっ…」 急に胸に飛び込んできたものだから、思わず驚く。 そしてそれを、レナが「無礼ですよ!」と止めようとするが、ティアナが涙目になっていることに気づき、レナの手を私は遮った。 「…話?」 「はい。ーー私がルイス様の「愛人」になった理由と、それから、今のルイス様について」
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