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1話:昼食はカツ丼
十月中旬の土曜日、太寺川家のリビングにて。
朝から雨が降っていた。
短パンで下着が透けるような白シャツを着ている少女は、涼流という名前で、現在中学一年生である。
リョウリュの手元には分厚い表紙の参考書がある。
『たくさん分かる量子力学 ―図解つき!―』
その本をぺらぺらとめくりながら、ソファで寝転ぶ姉を睨む。
姉の名前は紗斜。
好奇心旺盛のリョウリュに振り回されるお姉ちゃんである。
「ハイゼンベルクの不確定原理」
リョウリュが本を広げてシャシャに見せる。
シャシャは一瞬見出しを見るが、きらきらした妹様の表情を見ると転がって背を向ける。
「片方のものを観測してしまうともう一方のものは全く観測できなくなる。運動量と変位の揺らぎの積が一定値よりも大きいことから、どちらの量も一定値に定まらないか、片方の量が決まっても、もう一方の揺らぎが発散する必要がある」
「ふーん」
「詩的に言うとさ、二つのものを手に入れたくて、手を伸ばして掴んだと思ったら、目を話していたものがするりと手から零れてしまうようなものだよ」
「面白い考えだと思うわ」
「宇宙人に会いに行く。確認したいことがある」
「はあ?」
先日、太寺川家は宇宙人を捕まえた。
宇宙人はレジャー施設として山を開発し、そこに遊びに来た人々を山火事の裏で誘拐し、その誘拐した人々の個人情報をネットワークが繋がるあらゆるデータから削除していた。
個人情報を失い、記憶も一部失った人々がどのように生きているかを観察することで、社会のデータに対する脆弱さを分析し、地球の征服に利用できないか模索していたようだが。
太寺川姉妹が調査を行い、アジトにて宇宙人を捕獲することで、その悪事は阻止された。
「今更どうしたの?」
「私の中でまだ分からないことがあるからね。不確定性原理って知りたいものを見れば、もう一方は見失ってしまう。それはきっと多分なすれ違いと言い換えられる。一度言ったでしょ? 人類は少なくとも一度滅んでいると」
「今の人類では理解できないオーパーツがあるとすればもしかして! ってことでしょ」
「そう。どちらにせよ、私は見定めたいって思っているんだよ」
「行きたくないけど、絶対疲れるし! それよりどうやって入るつもり?」
「トンネル効果。人が壁をすり抜ける確率ってゼロじゃないからね」
「妹様が壊れた?」
「ほらこれ」
リョウリュは『たくさん分かる量子力学』のページをめくる。
人が壁を通り抜ける確率は、比較対象がないほど小さい確率であるため、起こらないものと解釈している。怪我の恐れがあるため、真似はしないでね。
「じゃあ無理でしょ?」
「ばれたか。ところで、昼食は何食べるつもり?」
「妹様、これから買い物行こうと思っていたけど」
「面倒、カツ丼を食べに行こう」
「食い気味だけど、この辺でいいところあった?」
「ほら、あるから」
こうして、シャシャはリョウリュに手を引かれて。
バス停まで歩き、そこからバスで移動する。
リョウリュと一緒に下りて。
「ここ入って」
「妹様、ここって」
「勘が良いね」
案内を受ける。
部屋に入ると、そこは薄暗かった。
「よし、カツ丼頼む!」
「はあ? ここって」
取り調べ室である。
目の前には大人の半分くらいの身長の宇宙人がいた。
「しかも取り調べする側が食べるのかよ! っていうか、私たちはどんな権限でここにいるの?」
「お姉ちゃん」
リョウリュは慈悲深い笑みを浮かべる。
「気にしないで」
シャシャは固まって。
「え?」
溜まっていた戸惑いを辛うじて解き放った。
リョウリュは好奇心があれば必ず満たさなければならない質である。
シャシャは溜息をついた。
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