2話:運命の一冊

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2話:運命の一冊

 シャシャは頬杖を突きながら宇宙人とリョウリュが話す様子を見ていた。  警官の一人が宇宙人を警戒して睨みつけてくる。  リョウリュはカツ丼を食べながら宇宙人を観察していた。 「あ、お姉ちゃん聞いた?」 「何を?」 「リオナさんたちが個人情報を再登録することになったって。これで個人情報は元通りになるかもしれないけど、情報が掴めない場合はどうするか話し合い中だよ」  一ノ瀬(いちのせ)里緒菜(りおな)。  山に遊びに行った際、山火事を起こされ、そのときに誘拐される。  住所を中心とした個人情報及び個人が特定できる記憶を片っ端から削除され、行政のあらゆるデータから個人情報が削除された。  蒼汰(そうた)に出会い、給食のメニューを覚えていたことで住所を特定することができたが、依然として個人情報も記憶も消されたままだった。  ただし、家族や友人の記憶から個人情報の復元ができるようになったらしい。 「良いニュースね」 「もちろん悪いニュースもあるかな。個人を特定する情報、つまりこいつら宇宙人が消した情報の中に、友達とその友達との思い出の情報も含まれていた。しかも、リオナさんと山に遊びに来ていた友人はね、中途半端に記憶が残っていて、リオナさんと仲が良かったことを覚えていた。でもリオナさんは覚えていない。地獄だよ」  リョウリュはカツ丼をぺろりと完食して、どんぶりをシャシャに渡す。  どんぶりを置いてこいという意味らしい。 「よし、そこの警官、例の本を持ってきてほしい」 「それはできない。宇宙人は、」 「技術に頼った結果、地球人よりも身体能力が大きく劣る。だとしてもこの場を離れるわけにはいかない、だよね?」 「ああ」 「分かった。お姉ちゃんを待つよ」  ちょうどシャシャが戻ってくる。 「お姉ちゃん、本を持ってきてほしい。聞けばすぐに出してもらえるだろうから」 「はあ?」 「文句言わずに持ってきてほしいな」 「私を何度ぱしりにするつもりよ!?」 「いいでしょ、かわいい妹の頼みだから」 「その考え方意味が分からないわ」 「でも取りに行ってくれるんだね」 「酷くない?」  シャシャはまた部屋の外へ。  宇宙人はようやくリョウリュを見た。  小柄で弱々しい少女。  宇宙人は値踏みするように全身を観察する。 「宇宙人さん、私をやり込むのはやめた方がいい。例えば、いつなら私を捉えて人質にできるのか考えているみたいだけどね、抵抗する私を捕まえて、この警官から届かない距離まで退避するのは間に合わないって思うんだよ」 「つまり?」 「ここで君たちができるのは他の誰でもなく私を納得させること。あ、お姉ちゃん来たみたい」  シャシャは走ってきたのか汗をかいていた。  取り調べ室はやや寒く、シャシャはハンカチで必死に拭う。  シャツを上げて脇や腰回り、胸の辺りと隅々まで拭くが、肌を露出しないように手でシャツを強く握って腰に押さえつける。 「この本でいい?」 「お疲れ様、お姉ちゃん」 「もう取りに行くものないよね?」 「頭動かすからグミ食べたいかも」 「はあ? 私が買いに行くの?」 「うん。できればコーラも飲みたい」 「もう分かったわ。行けばいいんでしょ?」 「文句はなしで」 「はあ」  シャシャは諦めて再び行った。  リョウリュはその本を宇宙人に見せる。 『八百万の神と自然と祈り。―山編―』  宇宙人は一瞬口を開けるが、リョウリュの気迫に何も言えなくなってしまった。 「これが、君たち宇宙人にとっても、君たちの被害者であるリオナさん、ウタさん、アツタカさんにとっても、」  ウタとアツタカは宇宙人が経営する山で遊んでいた。  宇宙人が山火事を起こした日、ウタは宇宙人が火を付ける様子を見ていた。  その恐怖から、火事で一斉に避難するとき、別のルートで逃れた。  結局誘導通りに宇宙人が案内するルートで避難していれば、記憶も個人情報も消され、見知らぬ地に放たれていたはずだ。  リョウリュの目が変わる。  表情から色が消え、ただ黒い感情が渦巻いている。  真顔ともとれる怒りの感情。 「運命の一冊だ。お前ら宇宙人はこの本を読んで日本の社会を侵略する考えを固めた。わたしはただ一つ、」  本を開いて目次を見せる。 「殺すべきか生かすべきか決めたいだけだよ」  中学一年生の少女の目、しかし警官さえもその狂気と正義に驚かされた。  リョウリュという人間が姉にグミを買わせてこの場を去ってもらった意味を理解した。
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