おかえりなさい

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ただいま、と声がした。 「おかえり」と反射的に返事をした。 それから僕は布団を被った寝床の中で思わずまぶたを開けて闇を見た。 耳を澄ませた。 室内の音、気配を……何も聴こえてこない。 身動きせず僕は自分の息遣いと血流の以外の音を拾おうとしたけれど何も引っかからない。 掛け布団をのけて頭を出した。 真夜中だ。 室内はカーテンの生地を通した外からの微かな明かりでかろうじてものの輪郭線だけ見えた。 このアパートの一室の住人は僕一人だ。 「ただいま」と言って帰ってくる人間なんていやしない。 強盗か? 声をかけて不在かどうか確かめたのか。 ベッドから起き上がり音を立てないよう部屋を歩きキッチンを抜けドアの方に向かった。 ドアノブを探り施錠されてるのを手触りで確かめた。 そして扉越しの向こう側に何者の気配がしないのも。 そっと寝床に戻り、掛け布団を被った。 確かに聴こえた、扉の外側じゃなく室内の響きで。 人の声だった、聴き覚えのない、知らない声で。 ……嫌な想像が湧き上がってきた。 幽霊など信じないがもしかして……? いや、不動産屋から何も話はなかったし、ネットでの情報の限りではこのアパートでの「事故物件」というものには引っかかっていない。 何も無いのだ、と思っておこう。 再び耳を澄ましても何も聴こえない。 うつらうつらしかけていた、きっとそういうぼんやりとした瞬間の幻聴だった。 寝ぼけてたのさ、きっと。 自分に言い聞かせてまぶたを閉じた。 すっかり目が冴えたけれど、寝直さなくては。 夜、仕事から帰り、途中でコンビニで買った弁当の袋を片手に下げながら、アパートの自室の鍵を開錠した。 何の気なしに周囲を見回し、誰もいないのを確かめた。 首を振ってドアを開けた。 中に入り靴を脱ぎながら、無意識に口から「ただいま」と声が出た。 「おかえり」と部屋の中から知らない声が答えた。
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