1.出会い

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1.出会い

 彼に気がついたのは、春が過ぎたくらいの過ごしやすい季節だった。  その頃、俺は勤務する工務店の社用車で、顧客が住んでいるマンションに通っていた。顧客は六十代の高階夫婦で、ワンルームにリノベーションするための打ち合わせを行うためだ。大体打ち合わせはお昼前の時間帯だったが、その日は奥さんから連絡があり『昼前から出かける用事があるから早めに来てほしい』と言われた。  約束の時間は九時過ぎ。俺は約束の二十分前にマンションの隣にあるコインパーキングに社用車を駐車した。あまりに早く到着してしまったため、仕方なく駐車した車内で、時間を少し潰すことにした。  エンジンをかけていると、音に敏感なマンションの住人に苦情を言われるかもしれないので、エンジンは切っておく。真夏じゃなくてよかった。このマンションは高級住宅街に建っていて、街を歩く住人たちもどことなく、上品に見えていた。  そしてふと俺が止めた車枠の三つ隣に止めてある車が随分昔の物だと言うことに気づいた。確か俺が大学生になった頃に一世風靡したスポーツカータイプのもの。あれから十数年立っていて、今ではなかなか街中で走っている姿を見ることがない。そして何より驚いたのは、その強烈なボディーカラーだ。レモンのような鮮やかな黄色。この色の車に乗るなんて、なかなか勇気がいるんじゃないかな。しかも古い車にしてはボディーがピカピカになっている。相当手入れしているようだ。  チラチラとその車を見ていたら、その車にゆっくり近づいてくる男性に気がついた。俺は一瞬、こっちに気がつくかもと思い顔を逸らしたが、彼は俺に気がついていないようだった。エンジンをかけていないから、車の中に俺がいることに気づいていないのかもしれない。俺はまた顔を彼の方に向けた。  なんだか気だるそうに大あくびをしながら、車のドアを開けるその彼の風貌はかなり特徴的。ハーフアップにしているものの、ボサボサな髪の色はグリーンだ。着ているTシャツとジーパンはくたびれていてだらしない印象。だけど背が高く、ドアに伸びたその腕が以外にも逞しい。俺は彼から目が離せなかった。  こんな上品な街に、こんな派手な男性がいるなんて。それだけでも興味が湧くがそれは一瞬の出来事だ。しばらくするとレモンイエローの車はエンジン音を響かせて、コインパーキングを出て行った。
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