2.レモンイエローの車

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2.レモンイエローの車

「次回からもこの時間でお願いできないかしら、中野さん」  高階さんの奥さんが、打ち合わせの帰り間際に玄関先で申し訳なさそうにそう言ってきた。何でも家族の方が入院することとなったらしく、当分付き添いが必要になったため昼間は家を空けてしまうらしい。 「こちらは大丈夫ですが、リノベーションの時期をずらしましょうか? お忙しいのでは?」 「いいえ、予定はそのままでお願いしたいのよ。楽しみにしているし、孫の誕生日には新しい部屋でお祝いしたいの」 「承知しました。新しいお部屋だとお孫さんも喜ばられるでしょうね。では次回もまたこの時間にお伺いいたします」  次回と言っても一週間後だ。高階さん夫婦は若干せっかちなので、他の顧客より打ち合わせの回数が多くて頻繁にある。俺はほぼ毎週、このマンションに通っていた。挨拶を終え、お辞儀をしながら玄関のドアを閉めるとため息をつく。  九時頃からであれば、今日と同じように少し早起きしなければならない。ちょっとだけ気が滅入ったが、大切な顧客のためだ、と俺は自分の気を奮い立たせながらコインパーキングへと向かった。    翌週。同時刻に社用車を止めていると、先週見た『レモンイエロー』の車がまた同じ位置に駐車してあることに気がついた。ということはまたあの派手な彼が来るのではないか、と車の方に目をやっていると待望の彼がやってきたので、俺は小さくガッツポーズをとった。  今日は花柄のアロハシャツに短パンだ。ハーフアップの髪は今日も整っていない。欠伸をしつつ気だるそうなその雰囲気に目を奪われる。何だろうか、どことなく『色気』があるのだ。顔もよく見れば結構、整っている。  彼は車に近づいてドアに手をやり、顔を見上げた。どうしたんだろうと俺もフロントガラスからそっと彼の視線と同じように見上げてみた。  するとその視線の先には、マンションの住人がこちらに向けて手を振っていた。玄関側の通路にある手すりから少し身を乗り出して。手を振っているのは男性で、明らかにその視線は、グリーンの髪の彼に注がれている。そしてその二人の視線に俺はピンときた。 (こいつら、カップルだな)  気だるそうな雰囲気なのはきっと朝帰りで、そういう疲れなんだろう。そして俺が感じた『色気』はきっとそういう情事が関係しているのかもしれない。彼はゆっくりとドアを開けると体を車の中へと滑らせた。  マンションから見下ろしていた男性は手はもう下ろしたものの、車が発車するまでまだ見下ろしている。そしてエンジンがかかり『レモンイエロー』の車は、コインパーキングを勢いよく出て行った。それを見送ると男性の姿もなくなっていた。  朝からラブラブな二人を見てしまい、何だよ、と思わず舌打ちしてしまった。恋人たちの熱にやられてしまったのもあるが、グリーンの髪の彼が俺の好みだったので少し残念だったのだ。
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