4.動悸

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4.動悸

 そんな二人と出会わなくなったのは、エアコンをかけないともう朝でも車内が暑くなってきた頃。今日はいないんだなあと思っていたら、翌週も二人の姿を見かけることがなくなっていた。そして『レモンイエロー』の車も駐車場に停まっていない。今では出会うことがなくなってしまった。  マンションの男性が引っ越して、あの派手な男もここに来なくなってしまったのだろうか。少し残念だな、と俺は車から降りて蝉が鳴く街路樹の下を歩きながら、高階さんの部屋へと向かった。 ***  今日は最高気温が三十度超えを記録しそうだ、と天気予報士が朝の情報番組で言っていた日。俺は新しい顧客の一軒家での商談をするために社用車をコインパーキングに停めた。  日差しはすでに痛いほど暑い。大体俺は暑がりなので、この真夏日という奴は本当に勘弁してほしい。  車から降りて、汗が流れる体を引きずるようにして二、三歩歩いたとき、俺は思わず目を見開いた。何故なら、目の前にあの『レモンイエロー』の車が駐車してあったからだ。  ただ、違っていたのはあの頃見かけていた時はいつもピカピカだったのに、目の前の車はかなり汚れていた。  久しぶりに好きだった人に出会ったような胸の動悸を感じながらそっと中の様子を伺うと、人は乗っていない。彼を待つわけにはいかなくて後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする。  こんなに汚れているんだから、たまたま同じように『全塗装』している別の人の車なのかもしれない。俺はそう思うことにした。    一時間の商談ののち、コインパーキングに戻るとあの車はまだ駐車していた。俺は思わずその車の前に立ち、じっと車を見つめる。汚れているけれどやはりあの頃見ていた車に違いない。それであれば、ここで待っていればあの彼に会えるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていたので、背後に人が近づいてきていることに気づかなかった。 「……あの、ウチの車どうかしました?」  背後から声をかけられ、驚き振り返った。すると目の前にいたのはあのグリーンの髪の男だ。彼がかなり不審そうに俺を見ていることに気がついてヤバイ! と焦った。 「あ、あの! すみません、俺この車に昔から憧れていて。もう最近見かけることも無くなってたので嬉しくなって、つい。しかもこのボディーの色がかっこよくて見惚れてたんです。この色、全塗装されたんですか? 設定のないボディーカラーですよね」  捲し立てるように一気に話してしまった俺。本当はこの車に一ミリも憧れていない。逢阪がくれた情報をそのまま使わせてもらった。  すると彼の不審がっていた顔が途端に緩くなる。正面から見ると、ますます整った顔をしているのが分かった。太い眉、切れ長の目に、スッと通った鼻筋。目元にあるホクロがとても蟲惑的だ。
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