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5.ちょっと乗っていく?
「友達とかには古くてカッコ悪い、なんて言われんのに。そう言ってもらえたら嬉しいなあ」
「え、そうなんですか」
「うん。この色だって乗るの恥ずかしいとか、もう散々」
それはわかる、と内心思ってしまった。
「勝手に見ててすみませんでした、じゃあ」
名残惜しいけど、これ以上話を続けていられなくて、俺はそそくさとその場を去ろうとした。だけど彼は突然俺の腕を掴んだ。じわっと彼の手のひらの熱が腕に絡みつく。
「あ、ごめん。あのさあ、そんなに好きなら、これちょっと乗っていく?」
「……へ?」
自販機でお茶を買い、彼の言われるままに車に乗り込んだ。次の仕事までは時間があるし、こんな機会を逃す手はない! と思ったのだ。
十数年前のスポーツカーは思ったよりも車高が低くて、視線が低い。エンジンを掛け、音を響かせながらコインパーキングを出る。窓を全開にしているので、髪があっという間にぐちゃぐちゃになってしまった。俺が髪を直そうとしたら、彼が少し声を張ってこう言ってきた。
「ごめんねえ、この車エアコン壊れててさあ。窓開けるしかないから、髪直しても無駄だよ」
「……そ、そうなんですか」
この真夏日にエアコンがないなんて割と致命傷では? と思ったのだが何も言えず俺は髪を直すのを諦めた。カップホルダーに入れていたペットボトルのお茶を飲んでなんとか体を冷やしていく。
「お兄さん、名前と歳よかったら教えて? 」
彼は結構、人懐っこいようであっという間に友達のように話しかけてきた。
「中野淳です。二十八歳」
「俺の方が年上かあ。俺は三十才になったばかりでさあ。西嶋彰人って言うんだ」
三十才、という年齢に驚いた。髪の色といい、着ている服といい、まだ二十代かと思ってた。だって『落ち着いていない』から……
「どお? この車の乗り心地」
「うん、力強い! これで峠攻めとかしてると最高ですねえ」
「懐かしいねえ」
嬉しそうに笑う西嶋さん。ああ、逢坂に色々聞いておいてよかった。
数分車を走らせ、またコインパーキングに戻ると、西嶋さんはまた会おうよ、と連絡先を教えてきた。ラッキーと思いつつ連絡先を渡し各々車に戻る。俺が社用車に乗り込むと、西嶋さんはクラクションを軽く一回鳴らしてそのまま走っていった。
西嶋さんの車が見えなくなると、俺は体を前傾させてハンドルに額を押し付けた。会えたらいいなと思っていたけど、こんな展開になるとは。
ああ、早くエアコンつけないと、茹で上がってしまう。それは多分気温だけではないのだろう。俺はエンジンボタンを押して、エアコンを全開にした。
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