双子だって別人

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双子だって別人

 私、紫星アカネには双子の姉がいる。  淡い青色の長い流麗な髪を靡かせ、紅ともいえる真っ赤な瞳を持つ姉は学校に人気者だ。容姿端麗で体力もあり、高校では1年生に関わらず、陸上部から良く助っ人を頼まれている。成績も常に上位をキープしている。本人は少しだけ小さい胸についてコンプレックスを抱いているが、むしろそれが引き締まったスタイルをより良く見せていた。例えスタイルが良くなかったしても、それを補い余りあるコミュニケーション能力と人望を携えている。その顔には常に自信に満ちは溢れており、彼女なら何でもやってくれるよう期待を誰もが抱き、皆が姉を頼った。  体力も頭も良くない私とは正反対の存在と言って良いだろう。  そんな姉と妹である私はコンビでアイドルをやっている。  青色の髪と紅の瞳を持つ美人姉。そして、その逆の真っ赤な短い髪と藍色の瞳を持つ私。  このコントラストが世間の多くの人の心に刺さったらしい。  切っ掛けは本当に些細なものだった。  片田舎に暮らす小学生の私たちからしたら十分大きく感じる、近くのモールで行われたアイドルのステージ。  今思い返す、アイドルの動きぎこちなく、洗練されているとは言い難いダンス。わずかに音に遅れてしまっている歌声。きっと駆け出しアイドルの地方巡礼か何かだったろう。  あの時のアイドルが今も芸能活動をしているか分からない。  けれど、あの時。あの瞬間。私たちにはそのアイドルが何よりも輝いた。  今でも忘れない。  アイドルの周りに星があるのではないかと錯覚するほどに綺麗な姿。そして、それを見る恐らく人生で一番だったのではないかと今でも思うほどに瞳を輝かせた姉を姿を。  それから姉はアイドルに夢見るようになった。  生のアイドルの姿を見てから、様々なアイドルの動画を見て、動きを真似たりしていた。  それから時が経って、中学生に上がってからしばらくした時、とある事務所でアイドルの応募を見つける。  しかも応募条件が仲が良い二人で応募するというものだった。 「二人でアイドルになろ!!!」  姉は目を輝かせながらすぐに私を誘って申し込んだ。  その時は私も満更ではなかったと思う。  姉ほどではないにしても、小学生の時の見たアイドルはずっと忘れずに思い出にしまい、アイドルを追いかける姉に羨ましいと思っていた。  とはいえ、姉と比べたら何もかも劣っていた私が自主的にアイドルになろうという発想には至れるはずがない。  そのため、憧れは憧れとして心の奥底にしまっていた。  だから、姉から誘われた時は自分ができるはずないという気持ちを抱きつつも、姉のためだから仕方ないという言い訳を自分の中で葛藤させたふりをして、自分も一度だけチャレンジをすることにした。  幸いにも、小さい頃からずっとアイドルを追いかけ、動きを研究し練習してきた姉のダンスは審査員の目に止まった。  きっと見た目が対照的な上に、ダンスの上手さも対照的だったため、姉のダンスは相対的に素晴らしいものに見えただろう。  その時の私は、そう考えて、自分が姉の役に立てたことを嬉しく思った。  それからはあっという間だった。  最初は少ししかいなかったファンも、ある日SNSでコントラストが美しい双子アイドルとして話題になり、そこから加速的にファンが増えた。  歌う舞台は回を重ねるごとに大きくなり、最初は地元から近い数県ばっかりで歌っていたにも関わらず、今では週末は地方から東京に出てきて数千に規模のライブをしている。  充実したアイドル人生。小学生の私に話しても信じてくれないだろう。  だけど、広がるアイドル活動と一緒に、私と姉の距離も広がった。  それは技量もそうだけど、何より心の距離が遠くなったと思っている。  運動神経抜群の姉と違って、私は体力もセンスもなかった。  だからダンスを覚えるのに姉の何倍も苦労してしまい、何より時間を掛けてしまう。  普段なら。 「良いよ。一緒に上手くなっていこう」  そういう姉だが、その日は重なったライブの日程とイベントに合わせた結果増えた新曲の数々。  どう考えても時間が足りなかった。  いつもなら笑顔を絶やさない姉も。 「何でこんなことができないの!」  そう私に言い放った。  私はその言葉にショックを受けることは意外にもなく、すんなり受け入れられた。  当たり前だ。  私は私ができないことを知っている。だから、姉が言っていることは事実であり、姉は事実を告げたに過ぎない。  だから、私はその言葉に対して、泣きも悲しみもしなかった。  けれど、姉は違った。  言葉を放った瞬間、明らかにやってしまったという顔をした。 「ご、ごめ」 「ううん。お姉ちゃんは正しいよ」  謝ろうとする姉を私は制する。 「私、もっと頑張るから待っててね」  そして、私は素直な本音を姉に告げる。   姉は私の言葉に苦虫を噛んだ顔をして、背を向けた。  私はその時の姉の表情を一生忘れることはないだろう。 「今日は先に帰るね」  姉はそう言い残して先に帰宅した。  それから、家でも仕事でも明らかに会話をする回数は増えた。  仕事や学校では、仲が良い双子でいるが、二人でいる時は全くと言っていいと程会話をしない。  毎日必ずその日の話題を共有をしていたこともしなくなった。  姉から声を掛けづらいのは分かっていたので、私から話題を振ったり、声を掛ければ良いのだが、それが出来ない。  それは私に負い目があったからだ。  生まれた時から優秀な姉の足を引っ張り続ける私自身が姉と話すことへの思考を鈍らせた。  それでも、アイドルは続けた。  きっと、この活動を辞めてしまった時、私たちの何かがきっと切れてしまう。  そう思い、私は今までよりも一生懸命頑張った。  けれど、姉はそれでも上であり、私の前をいつも歩く。  私は前を行く姉を見失わないように走る続ける。  そして、今、気がつけば私たちは過去最大の舞台まで来ていた。  収容数1万人超え。間違いなく、今までの私たちの活動で最大級の舞台だ。  私と姉はそんな舞台の脇で時間がなるのを待つ。  開始時間まで残り数分。  私と姉は何も喋らない。  周りから見たら、緊張して集中力を上げているのだろうと思っているかもしれない。  けれど、違う。  お互いに掛ける言葉が見つからないのだ。  人生で一度あるかないかの舞台。  そんな大舞台を前にしても、私たちの広がり過ぎた距離は縮まることはない。  だから、二人揃ってこれから立つ舞台を見つめるのみしか出来ない。  きっと、この舞台が終わっても関係が変わることない。  アイドルという山を登りきった時、何かが変わる。少なくとも私はそう考えていた。  しかし、それは幻想に過ぎない。  現実はそうそう簡単変化しない。  そう……思っていた。 「ねぇ」  だから、本番直前に姉が行きなり声を掛けてきたことに驚きを隠せなかった。  ギリギリ出そうになった驚きの声を抑えつつも、自分の表情が驚き一色に染まっているのが、自分でも分かる。 「私は、貴方に……アカネには絶対負けないから」  そう睨みつけるように言ってくる姉に、私は今振り絞れる全力の笑顔を作って返す。 「私も、お姉ちゃんに絶対追いつくから待っててね!」  私の言葉に、姉の瞳に闘志と戸惑いが宿るのが分かったが、そんなことがどうでもいいくらい私の心は奮い立った。  ずっと追いかけてばかりだと思っていた姉が、私を認めてくれた。  久しぶりに二人だけの会話で名前を呼んでくれた。  その充実感が私の心を包む。 「お時間です!」  スタッフの声が掛かる。  私と姉は舞台に向かって歩き出した。  そして、お客から見えないギリギリのタイミングで私はたった一人の自分と同じ道を歩み続けた。けれど、正反対の光景を見続けた姉に告げる。 「お姉ちゃんは、ずっと私のお姉ちゃんでいてね!」  私、紫星アオネには双子の妹がいる。  紅とも言える真っ赤なショートヘアに、見る人を吸い込むような藍色をした瞳を持つ妹。  妹は言い方が悪いかもしれないけど、要領がいい方ではなかった。  特別に頭が良い訳でも、体力や運動神経がある訳ではない。  小学生の低学年の時は、よく周りから姉が妹の才能を全部持っていたのではと言われていた。  私も何でも人より出来る自信を持っていたし、ずっと私についてくるドジな妹を嫌いでもなかった。  いつも後ろを付いてくる妹がどれだけドジで周りから見たらお荷物に見える妹も、私からしたらたった一人の愛おしい妹。  そんな妹を私が導き、助け続けるべきだと絶対の思考を持っていた。  そんな私にもある日一つ夢が出来た。  妹と一緒に見たアイドル。  今考えると、何故あれだけ目を惹かれたのか分からないアイドル。  けれど、それは間違いなく私に生きがいをくれた。  何でもできると思っていた私にはない輝きを持っていたあのアイドルのようになりたい。  その思った日から私はアイドルを追った。  辺鄙な片田舎にダンス教室なんてものはなかったから、私は色んなアイドルを見てダンスを学んだ。  いつかあの太陽のように眩しい輝きが欲しい。  そう思って、ただただ自分を磨いた。  そして、機会が来た。  とあるオーディション。  たまたま住んでいるところから遠くない事務所で行われるオーディションには、仲が良い二人組という条件であり、私はそれを見た瞬間天啓だと思った。  私には、あの日同じ輝きを見た妹がいる。  仲の良さも周りから折り紙付き。  何も問題。  そう思って、妹を誘って挑戦した。  そして、見事に合格して、念願のアイドルになることが出来た。  双子のコントラストが美しいアイドル。  それが私たちの世間から評価。  その評価は私には嬉しかった。  私が評価されることはもちろん、何もできないと思っていた妹も周りから評価されたからだ。  地元では、スタイルが良いわけでも頭が良いわけでもない妹は常に私と比べられて劣等生のレッテルを貼られていた。  私はそれが許せなかった。  私は知っていたから。  妹が普段からどれだけ努力しているか。  私という存在に挫折せずに追いかけ続けているか。  追いかえる存在がどれだけ私に力をくれているか。  それを私だけは知っていた。  だから、世間から妹も評価がされたとき、私は大いに喜んだ。  初めて東京に出てライブを終わった時、 「やったね! アカネ!」 「お姉ちゃん……私……頑張ってきてよかった」  妹がそう泣きながら呟いたことが、私にとってどれだけ嬉しかったこと。  妹は自分の努力を認めない。  私という存在に自分を霞めて、努力している自分がどれだけ凄いかを客観的に認めることをしなかったこと知っている。  だから、妹が自分の努力を認めたとき、私は一生その言葉を忘れないようにしようと思った。  また、妹が自分を認められるように私も彼女を導こうと考えた。  けれど、ある日それは違うのだと知ってしまった。  妹は全てに置いて自分よりも劣っている。  そう思っていたが、ある日気が付いた。  私と妹には絶対の差があることに。  妹には、私にはないアイドルとしての輝きがあった。  何故気が付かなかったのだろう。  全てに置いて私の方が勝っているはずなのに、妹が同じ評価を受けているのか。  それはたった一点。  アイドルとしての格が妹の方が高いからだった。  それに気が付いたのは、地元近くの小さなライブ会場でライブを行った時。  その日は私が不慮の事故で出れなくなった。  そこまで大きな怪我ではなかったが、大事を取ってライブを中止する話も出たが、妹が一人でも出ると言い、事務所もそれを承認する。  その日、私は客席から妹の歌と踊りを見た。  言っちゃえば、上手ではないものだ。  けれど、そこにはあの日見たアイドルと同じ輝きを宿していた。  歌も踊りも上手くないのに、目を離せない。  太陽のように眩しい存在。  それがアイドルである妹であると知ってしまった。  その日から、私は妹を導く相手ではなく、ライバルとして見るようになった。  対抗心は反抗心に。反抗心は嫉妬へと変化する。  私が何よりも求めていた輝きを持つ妹を私は嫉妬するように合っていた。  そして、それは憎悪にすら変わっていた。  けれど、それを表に出すことはしない。  それをしてしまっては、今の自分のアイドルとして立場も亡くなってしまうと思ったから。  だけど、とある日。ついに我慢の限界が来た。  新曲と振り付けがゲリラ豪雨のように降ってきて、私も手一杯になり、気持ちの余裕が消えた。  何としても、妹よりも完璧であらないと。  そう思って努力を続ける横で妹は全く振り付けを覚えられておらず、空振りしている。  そんなことはいつも通りのはずなのに、私は無性に腹が立ち、声を荒げてしまった。 「何でこんなことができないの!」  無意識だった。  けれど言った言葉は引っ込めることはできない。  私は我に返ったときすぐに謝ろうとした。  だが、妹はそれを制した。 「ううん。お姉ちゃんは正しいよ」  そう言った妹の口角は僅かに上がり、下手を通り越して不気味な笑みを浮かべていた。  きっと妹は自分がそんな表情をしていることに気が付いていない。  その時私は初めて、妹を不気味なものだと思った。  私の持っていない輝きを持ち、心の内が分からなくなった妹に私は何と声を掛ければいいのか分からなくなる。  その日から私と妹は会話をすることがなくなった。  アイドルの活動は順調に運び続け、気が付けば1万人を超える舞台まで駆け上がっていた。  アイドルとして私が夢見た舞台。  けれど、そんな夢の舞台に向かって同じ向きで見つめる妹を私は未だに不気味に思う。  ただ、何かを言わないといけない。  そう思って舞台を見たまま、声を放つ。  言葉を考えることはしなかった。ただ、私が思ったことを告げる。 「私は、貴方に……アカネには絶対負けないから」  それが私の本心だった。  あの日のアイドルと同じ輝きを持つ妹に負けたくない。  それが本心。  それを告げると。 「私は、貴方に……アカネには絶対負けないから」  妹はそう言ってきた。  ちらりと見る。  そこにはあの日と同じ、不気味な笑みを浮かべる妹がいた。  その表情に私は、妹は本当に私の妹かと考えてしまう。 「お時間です!」  そして、スタッフから声が掛かる。  私は舞台に向けて踏み出すと、妹も歩きながら告げる。 「お姉ちゃんは、ずっと私のお姉ちゃんでいてね!」  その言葉に、私は思った。 (あぁ。私は今、呪いを掛けられたんだな)  私が持ちえない輝きを持つ妹に、これからも前を走り続けれと。  歩みを止めることを赦されない言葉。  私の中で、目の前の初めての大舞台への輝きが消えた。
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