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片腕になった辺境伯と敵将の娘
王国の広大な地域を纏める辺境伯領。
最初は小さないざこざだった。
帝国の辺境伯領の訓練の際に放った矢が、不幸な事に我が領の砦まで届いてしまった。
もちろん両国は、互いに細心の注意をはらい訓練を行っていたのだが、年に数回はこういったことが起きてしまう。
その度に小さな戦闘が始まり1週間ほど戦って互いが引く。
今回もそうなるはずだった……
「今度と言う今度は、徹底的に叩きのめしてやる!」
王都から派遣された将軍は今回は止める気は無いようだ。
そうして3ヵ月程、激しさが増してゆく戦闘が続いたある日、父である辺境伯、ベルンハルト・ルベルヘイムは討死したとの報告がなされた。
こうして、まだ18になったばかりの俺が父の後を継ぎ、ラインハルト・ルベルヘイム辺境伯となった。
指揮していた将軍は敗戦を恐れ王都へ足早に逃げていった。
俺は、奮起して帝国の辺境伯の砦を破壊。
あと一歩まで追い詰めていた。
そして、帝国の辺境伯であるメルヒオール・ニヴルヘイムは一騎打ちを所望。
激しい戦いの末、俺は左腕を失ったが、なんとか帝国の辺境伯を打ち取ることができた。
「俺の首だけで勘弁してほしい。願わくば領民の最低限の生活は保証してほしい」
死に際、メルヒオールはそう言い残し目を閉じた。
「丁重に弔ってやってくれ」
帝国の兵にそう伝えその亡骸を任せた。
そして俺はその場で倒れ、気付けば屋敷のベッドの上だった。
起きた時、幼馴染であり婚約者でもあるエリーゼが顔を覗き込む。
そして別れを切り出された。
「片腕の貴方の面倒を見るのはごめんだわ!」
そう言って部屋を出ていった。
そのエリーゼと入れ替わりに入ってきたのは王太子アルフレッドだった。
つい最近まで通っていた騎士学園での同級生でもあった。
「悪いが暫くは色々と大変になりそうだ。だが、お前には褒美をたんまり出しておく。俺も暫くは滞在するが……それにしてもあの女、お前の婚約者だったらしいな。重ねてすまん。
まあ良い体してたし俺との相性も良かったから、暫くの間借りとくぜ。まあそのうち帰ってくるとは思うがあとはお前の好きにしたら良い。その代わりの褒美は用意するから、好きにやれ」
そう言われて察した。
アルフレッドは無類の女好きで、学園でも女生徒を何人も侍らせていた。
突然の別れはそう言う事か……
どうせ王太子のお嫁さんに、なんて夢を見たのだろう。
長年一緒に居た婚約者を奪われたというのに、案外何とも思わないものだな。
そして俺はその夜、また熱を出し寝込んでしまった。
傷の影響もあるだろうが精神的なのもあるだろうな。
そう思って情けなさに涙が出た。
3日後、少し楽になってきた俺の部屋にやってきたアルフレッド。
その隣には元婚約者エリーゼと赤髪の背の高い女騎士がいた。
「これが今回の報酬の一部だ」
そう紹介された女騎士はあの帝国の辺境伯の娘だと言う。
その顔は何も考えていないような、俺の方を向いているが見てはいないような、そんな表情をしていた。
これが、マルティナ・ニヴルヘイムの第一印象であった。
「その他の褒賞についてはこれに」
そう言って手紙を渡される。
顔を近づけ耳元で王太子が囁いた。
「あの女騎士は好きにしたら良い。娶るでも欲望のはけ口でも……飽きたら俺にも味見させてくれ。屈強の戦士とやらも壊してみたい」
そう言って俺から離れると、笑いながらエリーゼの腰に手を回し、手をヒラヒラさせて部屋を出ていった。
暫くの沈黙の後、改めて自己紹介をする。
マルティナは、静にこう言った。
「敗戦の結果だからどんな待遇も受け入れる。ただ、父の最後を、どのような死に様だったかだけ、教えて欲しい」
少し悔しそうに歯噛みしながらそう言うと、マルティナは深く頭を下げた。
「強く気高く、民を守るため最後は自分の首を差し出した、尊敬の念すら覚える最後だった」
そうと伝えると涙を流し、何度も「ありがとう」と繰り返していた。
「俺は君に何をする気もない。色々思う事があるだろうが暫くこの屋敷で心と体を休めて欲しい」
そう伝えるとゆっくりと頷くマルティナ。
侍女に部屋の用意と案内を任せた。
それから1週間。
俺も体調が回復し、溜まっていた政務をこなした。
政務と言ってもほとんどが戦後処理であった。
その間もマルティナも俺の世話をしてくれた。
侍女の仕事のように食事の用意や掃除や、洗濯などと毎日忙しく動いていたようだ。
「少し休んだらどうか?」
そうと伝えみた。
「体を動かしている方が気持ちが晴れるのです」
マルティナにそう言われ、俺は何も返すことはできなかった。
そんなある日の夜、風呂の準備をと侍女がいつも通り俺の服を……
なぜかマルティナが侍女の恰好をしており、俺の服を脱がしにかかっていた。
少し顔を赤らめ俺のズボンに手をかけるマルティナの手を掴む。
顔を上げ、顔を赤くするマルティナ。
「余計なお世話、でしたか?」
膝をつきながらの上目使いで言うマルティナに、思わずときめいてしまった。
「侍女を呼んでくれ」
結局は何も問題は起きなかったが、あれ以来マルティナを少しだけ意識してしっていた。
それでも、やっと日常が戻ってきたと感じた俺は、ようやく開くことの出来なかった王太子が残した紙を確認する。
それには、帝国の辺境伯領については王国に譲渡されること、辺境伯の娘を戦利品として勝利に貢献した俺に献上すること、そして、俺を公爵として陞爵することが書かれていた。
その為、陞爵の儀が行われる2ヵ月後に、王都までくるようにと書いてあった。
2ヵ月後、というのはこの辺境伯領から王都まで、凡そ2週間程度はかかるからであり、他にも不在に当たっての準備も必要だから当然の猶予である。
そこでふと思った。
なぜ王太子は、戦いが終わってすぐにこの地に来れたのか……
もしかしてアルフレッドはこうなることを予想して、近くに滞在していた?
であれば、今回の戦いは全て王家の計略だったのだろうか?
それは、その後の文章を確認することで現実味を帯びてしまった。
陞爵することにより辺境伯領として1割としていた税の優遇を撤廃する。
そう書いてあった。
税の優遇が無くなれば2割の税を納めることになる。
今までの2倍の税を治めなくてはならない。
辺境の地として兵力を維持することは不要になり、逆に言えば"最低限の兵のみ、持つことを許される"ことになる……
「力をつけすぎた当家の力を削ぎたいのでしょうね」
家令を務める執事アドルフはそう言うが、俺もそうなのだろうと思った。
これなら2割としていた領民への税を、来年度から3割は取らなくてはならない。
兵を縮小することで2割5分程度に抑え……駄目だな。
我が領では兵により利益を生む仕組みが出来上がっていた。
そんなことを考えていたが、1週間もせぬうちに新たな問題が生じた。
元辺境伯領、今の公爵領に点在した代官たちがほぼ全員、元帝国の辺境伯領であるニヴルヘイムに移動してしまった。
それにより各地域の政務が止まり大混乱となってしまう。
俺もその対応に翻弄されることになった。
そんな中、砦から多数の兵がやってきたと知らせを受ける。
俺への手紙を持って来ているそうだ。
急ぎ屋敷に戻り手紙を受け取った俺は、また頭を悩ませることになった。
◆◇◆◇◆
戦場で父が討ち死にしたと知る。
強く優しく理想の存在だった父が……
屋敷の前で大きな叫び声が聞こえ怒号が飛び交っている。
慌てて屋敷の外に飛び出るとそこには父の首が転がされていた。
泣き崩れる私の目に映ったのは、帝都からやってきた今回の総大将であった公爵の嫡男が、父の首を見ながら唾を吐き「役立たずめ!」と罵倒した光景だった。
すぐにその首を切り落としてやろうと立ち上がるが、それは私の護衛兵により羽交い締めにされ食い止められた。
そして私は、敗戦の責を押し付けられ……王国へ貢物として贈られるのだと伝えられた。
辺境伯領の私兵達が私を護衛しながら王国の辺境伯領へと移動した。
沿道では、守っていたはずの領民からの罵声が聞こえた。
「お前たちのせいで税が上がるって聞いた。どう責任をとるんだ!」
私は、心の中に殺意が目覚めるのを感じた。
領民の話をうのみにするのであれば、辺境伯として優遇されていた税制から一転し、敗戦処理の帝国負担を減らす為に通常の税に変更されるのだろう。
あるいはもっと高い税を……
父は辺境伯領の税を最低限にして、私達は慎ましく最低限の暮らしを送り、領民達の生活を守っていたというのに……
悔しさに顔を歪ませ、こんな領民なんて皆殺しにでもなれば良かったのに!と思ってしまった。
それは、私の護衛する辺境伯領の私兵団の兵達も同じ気持ちの様で、悔しそうに歯を食いしばって耐えていたように見えた。
幼い頃から知っている者達も多い。
共に訓練を繰り返していた同志でもある。
私が後1年早く生まれてきたら共に戦えたのに……
15の私は戦場に立つことはなかった。
毎日訓練を欠かさずにいた私は、腕っぷしには自信があった。
だがそれももう、無用の長物となるだろう。
いっその事、向こうで大暴れして死のうか……そう思っていた。
砦に着くと王国の兵に護衛が変わった。
自領の兵達と別れる際には悔しさに涙が止まらなったが、それでも行かねばならない。
そもそも、ここで逃げても行く当てもない。
逃げるなら、その辺境伯とやらを刺し違えてでも殺し、仇を取った後だ。
王国の辺境伯領の兵達は、私に対し配慮してくれていたように思う。
その道中、部隊長だと言う男が気まずそうな表情で私に話しかけてきた。
父を討った仇である若き辺境伯ラインハルト・ルベルヘイムについてだ。
その父親であるベルンハルト前辺境伯は、私の父により討ち取られたそうだ。
そして、その父もまたラインハルト辺境伯により討ち取られたと……その代償としてラインハルト辺境伯も片腕を失ったのだと、本当に気まずそうに私の顔色を窺いながら話してくれた。
私は、混乱する心が回復しないまま屋敷へと到着し、そこで王国の王太子という男に引き渡される。
そのアルフレッドと名乗った王太子は、私を上から下まで嘗め回すような視線で見ていた。
さりげなく腰に手を回されたりしたが、手で払うと舌打ちをしながら離れて行った。
そして辺境伯だと紹介された男は、ベッドに伏していた。
父に片腕を落とされた影響か、まだ熱に苛まれているようだ。
それを見て、私の心は何も考えられなくなってしまった。
この人も、国の為に戦っただけなのか?父は、この男に仇として打ち取られたのか?では、ではどちらが悪で、どちらが正義……答えの出ない問いに葛藤しながら、私はその男にただ何となく視線を向けていた。
だが、どうせこの男もすぐに私の体を弄ぶのだろう。
最後にはそう思う事で男への恨みを保とうとした。
「敗戦の結果だからどんな待遇も受け入れる。ただ、父の最後を、どのような死に様だったかだけ、教えて欲しい」
歯噛みしながらそう問うと、男はすんなりと父の最後を教えてくれた。
「強く気高く、民を守るため最後は自分の首を差し出した、尊敬の念すら覚える最後だった」
そう言ってくれたのが、何より嬉しかった。
不覚にも仇の前で泣いてしまった私に、何もしなくて良いと、そして、心を癒せと言ってくれた。
私は、どうやらその一言でときめいてしまったようだ。
親の仇を不覚にも好ましいと思ってしまった。
私はどうやら変態という癖を持っていたのかもしれないと、その時はそう思った。
それから暫くは、侍女に彼是と尋ね、慣れないながらも身の回りの世話をやってみた。
体を動かしていた方が気が紛れる気がして頑張った。
「そんなことはしなくて良い」
辺境伯様……ラインハルト様は私にそう言ってくれたが、私はそれを良しとしなかった。
何もしないで食べる食事は味がしなかったから……
公爵となる言われたこの領は、問題が次々に出ているようで大変そうに見えた。
度々他の街に出向く際には同行を願い出た。
私も手助けをしたくて、でも私に領の政務なんて難しくてできはしないから……そう思って頑張っていたある日、お風呂のお世話まで侍女さんに頼まれてしまった。
これはさすがにまずいでしょ?でも良いのかな?私はこの人に献上された女なのだから、それならいっそここで寵愛を……そんなバカな考えすら芽生えてしまった。
敗戦の責を体で返す姫君……そんな脳内の妄想が加速し、愚かにも少し興奮してしまった。
ラインハルト様の服を脱がそうとしながら、内心、さあ!このまま私を召し上がって!と願いを込めて顔を上げる。
「余計なお世話、でしたか?」
膝をつきながらの上目使いで言った私を顔を赤らめ見つめるラインハルト様。
「侍女を呼んでくれ」
困惑したまま断るラインハルト様に、やっぱり私は、ラインハルト様に完全に恋心を抱いてしまっているのだと実感した。
できればこのままこの人と……そんなことを思っていた。
そんなある日、元同志の兵達が砦に終結しているという報告がきたようだ。
私は、目の前で兵士からの手紙を読み、困惑してその手紙を私に手渡すラインハルト様。
そのラインハルト様の悩んでいる様子を見て、私は思わず口を開いてしまうのだ。
◆◇◆◇◆
砦の伝令から渡された元敵兵からの手紙。
戸惑いながらも中に目を通す。
そしてこの上なく戸惑った。
これは、どう対応したら良いのか……
そう思ってマルティナに手紙を渡す。
どうせなら意見を聞きたかった。
マルティナは手紙を読んだ後、俺の顔を見て何かを決意した表情を見せる。
「このお話、お受け頂くことはできませんか?」
そう言った後、マルティナはこちらにくるまでの彼是を話し始めた。
領を出る際に領民〇ね!と何度も思ったとか……
兵達も同じように罵倒されているのを聞き、それから逃れるように1人こちらに来た自分を、今でも不甲斐なく思っているのだと。
そんな話もあり、こちらの利も十分にあると考えた俺は、砦前に集まっていた2000人という領兵を受け入れた。
さらには何人かの職人も一緒に着いてきたというので、それらも全部まとめて受け入れた。
マルティナは迎え入れた兵達と再会し、俺の事を敵ではないことを何時間もかけて諭してくれたようだ。
さすがに受け入れた直後に自領を乗っ取られでもしたら、他の者達の笑い種となり、この領は取り潰しになる失態であろう。
彼女が必死に兵達に話をしている姿が、とても愛おしく感じてしまった。
「辺境伯様は、ラインハルト様はまだ私を一度も抱いてくれません!」
俺の誠実さを分かってほしい一身なのだろう。
だが、真っ赤になって言うマルティナよりも、それを聞いてしまった俺の顔は彼女以上に真っ赤になっている自信があった。
そんな俺達を見て、皆が笑い、そして忠誠を使うと跪いてくれた。
俺は、領民も、そしてこの目の前の者達も、決して裏切ることはしないと誓った。
今回の王国の仕打ちには、俺もかなり頭に来ている。
父は死に、それでも必死に戦い勝ち取った結果が、領土の力を落とすべく明確な意図を持った褒美……
今後は私兵を持つことも許されなるだろうこの状況に、命を懸けてでも抗いたい気持ちがどうしても芽生えてしまう。
そしてその夜、俺はマルティナに相談する。
俺と一緒に死ぬ覚悟はあるのかと……
マルティナの返答を聞いてから、俺はまた寝る間も惜しんで動き出した。
まずは武具の調達だ。
今までは王都から購入していた武具の数々。
帝国では辺境伯領で質の良い武具を制作していたそうだ。
それらを作っていたのが今回来てくれた職人軍団らしい。
彼女も良く鍛冶場にきて真似事で槌を握ったりしていたようで、職人達にも可愛がられているようだ。
帝国領でも良質な鉄鉱石が出るようだがあまり量が採れないようで苦労していたとのこと。
だが、我が領にある鉱山からは鉄鉱石はもちろん、硬度の高いアダマンタイトと言う鉱石もかなりの量が採掘される。
さらにが、少量ではあるが精霊の力を高めると言われている、ミスリル鉱石も採掘されていた。
残念ながら王国でそれらを加工する技術はない。
せいぜい欠片を丸く加工し、武具の装飾に使う程度でしか使われてはいなかった。
その使い道のないミスリルを含め、領内にある倉庫には大量の鉱石が保管されていた。
それを見た時の職人たちの様子は面白かった。
泣き始める職人が何人もおり、それ以降、街の小さな鍛冶場を借りて寝る間も惜しんで武具を作り続けている。
合わせて鍛冶場を増設を急ぎ、1週間もしない間にそれなりの鍛冶場街が出来てしまった。
帝国の高品質だった武具と比べても、明らかにワンランク上の高品質の武具ができているようだ。
その増産に合わせ、我が領の領兵5000、元帝国の兵2000を西へと移動させた。
途中の街でも意欲ある者達を徴兵し王都とこの領を繋ぐ境界に終結させた。
国が領を見捨て税が倍になるのだと伝えると、皆が憤怒し参加してくれた。
王都と辺境伯領を繋ぐ道は、国内でもかなり整備されている方だろう。
我が領からの大量の農作物の輸送に利用する為、長い年月をかけて輸送が楽になりよう整備をしていたのだ。
その南側には高い山岳地帯が続く。
反面、北側は比較的平坦な草原となっているので、何かあればそこも使って一気に王国の兵が攻めてくるだろう。
当然の如くその境界は無防備になっている。
王都側に察知される前に対策をしなくてはならない。
西の境界に集結した兵達を北部側に集める。
人海戦術で土を盛り上げ可能な限りの高さまで積み上げ、2m程度山のように積まれたそれの近くに木で櫓を立っててゆく。
こうして、瞬く間に簡易な砦ができた。
そこに集まってきた兵を終結させた。
領の東の砦は100名程度の兵を残し放置している。
今や帝国の元辺境伯領側には、我が領から嬉々として逃げ出した貴族どもの私兵程度しかいないのだから。
そんなことをやっている間に約束の2ヵ月が過ぎた。
我ながら忙しい2ヵ月間であった。
早馬も出さずに無断欠席となったのだ。
こちらの意図は伝わっただろう。
きっと今頃、国王も王太子も怒りに震えているのかもしれないな。
屋敷でそんな話をしてマルティナと笑い合っていた。
その1週間と少し過ぎた頃、早馬で屋敷にやってきた者を丁重に向かい入れた。
予想通り国王は激怒しており王太子アルフレッドが明日にもやってくるとのことだ。
諸事情があり遅れてしまったことへの謝罪を伝え、お待ちしていると伝えておいた。
そして予定通りに翌朝の早朝にやってきたアルフレッドは、着いて早々怒りを露わにしながら屋敷のドアを蹴り飛ばし入ってきた。
出迎えもしなかったからだろうな。
その背後には侍女の恰好をさせられている元許嫁、エリーゼの姿もあった。
エリーゼはこちらを見て一瞬笑顔を見せたが、俺がすぐに視線を外すと顔を伏せてしまったようだ。
そして俺はアルフレッドに宣言する。
「我が領土は王国より独立する。急ぎ戻って貴国の王に平和的な同盟関係を結びたいと伝えて欲しい!」
それを聞き、顔を真っ赤にさせて叫ぶアルフレッド。
俺の横に控えていた親衛隊の2人が、腰の剣に手を添え1歩前に出る。
それを見てぎょっとしたアルフレッド。
「本気で言っているのか?」
「冗談でそんなことを言うのなら、それはもう気が狂っているとしか思えないだろ?」
旧友でもあるアルフレッドを、馬鹿にしたように見下しそう伝える。
深呼吸をして落ち着きを取り戻したアルフレッドは、「帰る」と身を翻し屋敷を出ていった。
「後悔させてやるからな」
玄関を出る前に一度振り返りそう付け加えて……
一緒に帰ろうとしたエリーゼは、その場で足蹴にされ倒れ込んでいた。
エリーゼはこちらを見ると、俺への懺悔の言葉を繰り返す。
だが、今更謝られてもなんだというのだ。
「手打ちにしないだけありがたいと思え。お前の実家は元帝国の辺境伯領へ行ったぞ?詳しい場所は知らん。俺に何の連絡も寄越さずに出ていったからな!」
冷たくそう言うと、エリーゼは床に顔を付けて鳴き声を上げていた。
「これは哀れな女に対するせめてものお情けだ」
そういって金貨を数枚投げてやった。
それを見たエリーゼはさらに泣き叫んだが、俺は興味を無くして奥の部屋へと戻った。
様子を見ていた執事アドルフが、暫くした後に部屋にきて、諦めて屋敷を出たと教えてくれた。
アドルフが出ていった後、部屋にやってきたマルティナが俺を慰めるように抱きしめてくれた。
その夜、動き始めた事態に神経が高ぶり、中々寝付けなかった俺の部屋には、マルティナがやってきた。
ノックの音に扉を開ける。
「少しいいか?」
マルティナがそう言って部屋に入ってきた。
薄い寝間着の上にガウンを一枚だけ羽織り、胸の前には大きな枕を抱えている。
「どうした?」
俺はベッドに腰掛けそう聞くと、マルティナは恥ずかしそうに俯き、ベッドの俺の枕の隣に自分の枕をそっと並べた。
枕が無くなったことで、マルティナの下着が透けて見えている。
驚く俺をよそにマルティナは羽織っていたガウンをするりと脱ぎ落とす。
俺は、床へ落ちるガウンを見て、喉がゴクリと鳴ってしまう。
「いや、今のは違う」
変な言い訳をしてしまった。
それを聞いたマルティナ女は少しだけ笑い、そして俺の胸の中に飛び込んできた。
俺は、マルティナを支えようと抱きしめる形になった。
「興奮して寝れません」
震える声でそう言うマルティナからは、ドクンドクンと心臓の鼓動を感じられた。
その鼓動は、本当は俺自身のものだったかもしれない。
だがさすがに俺もバカではない。
マルティナも覚悟を決めてここに来ただろうことは理解できている。
「私を、お嫁さんにしてくれませんか?」
それでもどうしたらと迷っていた俺を、赤く染まった顔で見上げるマルティナ。
その顔を見て、美しいなと素直に感じた俺は、過去のしがらみなどは些細なこと事の様に感じた。
俺はマルティナを受け入れ、愛を語り男女の契りを結んだ。
翌朝、俺達は職人が作ってくれた武具などと一緒に、大きな荷馬車に乗り西の砦を目指した。
凡そ1週間後、何事もなく砦へと到着した。
砦の兵に確認すると、王太子アルフレッド御一行は怒りを隠そうとせず、ここを通って行ったそうだ。
「何かあれば拘束して構わない」
そう言っておいたが、さすがにそこまではバカじゃないようで、無事砦を抜け王都へ戻って行ったようだ。
俺は安堵しながら長く伸びた簡易の砦を移動し、兵達に武具などを渡してゆく。
皆、何かを決意した表情で作業に励んでくれるようだ。
この戦いには彼らの人生もかかっているのだから当然であろう。
「この戦いに勝利し、無事に独立を勝ち取れば税は1割のままだ」
領民の皆にはそう伝えてある。
「ただし負ければ、領民も全て蹂躙されるだろう」
そう付け加えてもいる。
最初は非難の声も上がったが、行動を起こさなければ税は最低で2倍になるのは確定しているのだ。
批難の声は徐々にだが小さくなり、反対に王国に対する批判の声が高まっている。
ほんの100年程前、"国を守る為"、そんな理由で過酷な環境であった僻地をこうして何不自由なく暮らせる辺境伯領へと育て上げたのは、それぞれの御先祖様が並々ならぬ努力の結晶であったのだ。
そんな過去を知っている者達も多いのだろう。
それを今更、国に搾り取られるだけの領土と化す事など、断じて許せるはずもない。
そんな空気が彼らを奮い立たせたのだろう。
戦闘にはならないだろうとは伝えてはいる。
だが、王国が無能な将軍に指揮をさせるなら戦闘の可能性は無くはないとも伝えている。
戦況を読めずに突撃させるバカはどこにでもいる。
まともな者なら早ければ2週間ほどで同盟締結などの話がくるだろう。
そうではなく我が領、いや我が国と徹底抗戦そするというなら、早くても1ヵ月は後になるだろう。
王都で兵を準備するならそのぐらいは最低必要だ。
時間は多い方が良いのだから、できるだけ長く悩んでいてほしいものだ。
東の砦に残った兵の援軍として、徴兵した領民を送ってはいる。
だがそちらはあまり心配はしていない。
帝国の元辺境伯領へ行ったバカな貴族が、私兵を突撃させてきたとして、堅牢な東の砦を破れるとは到底思ってはいなかった。
精々砦の上からの攻撃で、無駄死を増やすだけだろう。
予想に反し王国の対応は早かった。
1ヵ月もしない間に土を盛り上げ簡易で作った砦から、かろうじて見える位置に拠点を作る王国の兵の姿が見えた。
あの位置なら近くに川もある。
拠点にするには最適だろう。
予想通りすぎて、やはり川の上流に毒でも仕込んでおくべきだったと後悔した。
その後、すぐには動き出さなかった王国の兵達。
おそらく追加で兵を送っているのだろう。
その半月後、ついに王国の兵の一部、数千程度が並んでこちらへ近づいてきた。
あと300メートル程度だろうか?
王家の旗を掲げた馬にのった兵士がこちらへと駆けてくる。
そして砦の100メートルほどまで近づくと風の精霊の加護により声を響かせる。
「すぐさま降伏せよ!さもなくば、王国の精鋭5万の軍勢により愚かな領は消滅するだろう!1時間待つ!領主ラインハルトは白旗を掲げ出てくることをお勧めする!」
周りは少しざわついたが、俺とマルティナは笑って見ていた。
「まだ私達が降伏をすると思っているの?」
「王国も、長きにわたり戦争はおろか戦闘すらしていなかったからな。数で勝てると思っているらしい」
そう言ってため息をついた。
面倒だが返しておこうと腰を上げる。
「我が国は、できれば貴国と同盟を結びたかったのだが、どうやらそれは叶わなかった様だ!来るなら来い!神の怒りにより滅びの道を歩ませてやる!」
その声に呼応するように周りの兵から歓喜の雄叫びが聞こえてきた。
それを声に震えながら、伝令の兵士は自陣へと戻って行った。
その日は結局、王国軍に動きは無かった。
そして翌日の早朝、ご丁寧にも大きな声を上げながらこちらにゆっくりと進軍してくる王国兵。
簡易で立てた櫓からの報告を受け、俺とマルティナは鎧に身を包み外へ出る。
櫓の1つに2人で上り様子を見ると、一糸乱れぬ隊列でこちらへ近づいてくる王国軍がはっきりと見えた。
こういう練習だけはしてるからな。行進はうまいものだ。
何かの式典の様な行進を、2人で感心しながら眺めていた。
そして残り100メートルと言ったところだろう位置まで差し掛かり、俺は精霊に声を届けさせる。
「皆の者、神の怒りを思い知らせてやれ!」
その声に合わせて、1人の兵が大人の顔ぐらいの大きさの黒い球をよいしょと持ち上げる。
それを投擲台に乗せると気合と共に解き放つ。
その黒い球は放物線を描き打ち出され、こちらへ近づいてきた兵の中へ落ち、そして爆ぜた。
雷のような胸に響く爆発音が聞こえた。
その音に周りの兵士達はおろか、俺も腰が抜けそうになった。
「ちょっと大きくし過ぎたか?」
同じ櫓に上ってきていた職人達の長である男は、得意顔でそう言うとガハハと笑っていた。
「いや問題はない。想像以上の威力に、情けない事だが俺も腰が抜けてしまったがな」
俺の返答に、隣で座り込んでしまったマルティナが顔を赤くしていた。
「可愛い奴だ」
思わず頭を撫で囁いてしまった。
そんな俺の耳にさらに爆発音が聞こえビクリと体が跳ねる。
「やはり心臓に悪いな」
そう言いながら阿鼻叫喚となっている戦場から目を離さないようにした。
それから2度、3度とそれは打ち出される。
この神の怒りと名付けたそれは、温泉付近の鉱山で採れる黄色い石に炭、それに厠の排せつ物を混ぜた特製の投擲兵器だった。
職人が昔から固い岩盤などを破壊する際に用いる物らしい。
まだ王国と対立するか迷っている俺に、職人長が教えてくれた職人の秘匿技術の1つであった。
今現在は同じものが後10個程あるが、さらに量産中でもある。
俺が終始強気に出ることができたのは、この神の怒りの実験が成功した後だったからだ。
そろそろ良いだろう。
そう思ってまた精霊の力で声を響かせる。
「王国の兵達よ!神の怒りを知り、これで少しは己の過ちに気付いただろう!どちらに非があるかもう一度考え直すが良い!」
その声にまた自軍から歓声が上がる。
目の前から少しづつ後退してゆく王国軍。
その兵士達が居なくなった大地は5つの大きな穴が開いて見える。
近くで見なくては分らないが、中心はかなり深くまで抉られているように見える。
これで王国も降伏してくれれば良いのだが……
それから半月。
まったく動きを見せない王国軍。
おそらく王都に伝令でも飛ばし、今は返答待ちなのだろう。
俺は警戒を怠らない様に伝え、徴兵した者達には帰って良いことを伝えた。
だが、ほとんどの者達は帰らずに最後まで見届けたいと言っているようだ。
それを許可して今日も拠点で寛いでいた。
最近暇にかまけてマルティナとイチャイチャしすぎているとは思う。
さすがにここ数か月忙しすぎた俺は、反動でもう何もしたくないと思ってしまっていた。
長期戦も考えて、元領都、今は聖都と名を変えた街からは娼館から女が多数来ていた。
簡易の専用テントには、兵達が連日連夜行列を作っている。
兵士達には毎週給金を渡してはいる。
それを握り締め娼館へ通う者も多いが、彼らはこれが終わったらどう生活する気なのか心配になる。
だがそれはまた個人の自由と思って気にしないことにした。
娼婦達には場所と食事は保証しているので、それなりに喜んでくれているようだ。
しかし、俺が視察だなどと言ってそのテントに近づこうものなら、マルティナが頬を膨らますのは目に見えている。
俺はそのような愚行は行わない。
兵士達の食事も用意はさせているが、この頃になると徐々に砦周りに露店のような店もできるようになってきた。
それらで食べる者達も多いので、金遣いの荒い兵士の相手は商人達にも良い稼ぎになるのかもしれない。
いずれ本格的に砦を作った際にはここにも小さな街ができるだろう。
さらに1月後、その頃になると王国の軍はこちらからは見えないぐらいまで後方に移動していた。
そんな状況の中、砦に早馬が駆けてきたとの報告が来た。
早馬には同盟締結の為、王太子が参るので話を聞いてほしいとの内容であった。
そして翌朝、時間ぴったりにやってきたアルフレッド。
兵を10名ほど引き連れているが砦からこちらに入れるのはアルフレッドと付き添いの役人、そして護衛は1人だけだと伝えると兵達は怒りを露わにしたが、アルフレッドの命により砦の外で待たされる事になった。
当然、王国の兵達は自軍の兵により監視させていた。
「まずは、この場を設けて頂きありがたく思う。これが、今回王国からの要望となる。確認頂きたく……」
そう言ってアルフレッドは数枚の紙を手渡してきた。
「そんなに畏まらなくてもいい。本当はこんな風にはなりたくは無かったんだ。だが……仕方ない」
そう言いながら目の前の紙を読む。
「なぜ独立を?公爵と成り、十分な立場は保証したではないか!」
アルフレッドの言葉に、俺は思わず神から目をそらし驚いた顔をする。
「本気で、言っているのか?」
すぐに返事を返さないアルフレッドを見て、どうやら本当に理解していないのだと悟った。
「まさか、あの女を奪った」
「違う!」
エリーゼの事を言われ食い気味に否定しておく。
「ではなぜ……」
俺は税が2割になったこと、今まで領内では2割の税しか徴収していないこと、国に2割取られれば3割近くまでは上げざるえないこと、それに不満を持った領民を抑えるのは容易ではないことを説明した。
「だが私兵は減らすことができる!それに他領は同じように2割は国に、だから民は3割や4割の税を取られているところも多いと聞く!であれば、他領に移るような領民も居ないのでは……」
「だからそれが不満となるんだ。不満を持てば、それだけ余分な経費が嵩む。それに見合う税をまた上げねばならない。それに、今までも私兵を抱えてはいたが、正直あまり負担にはなっていなかった。
砦近くには多くの土地を農地にしている。夏は農作業を訓練と称して頑張ってもらってるからな。売却利益すら出る。冬は仕事は減るが木材の運搬等を交代でさせている。領民への配給の意味合いもある。
そう言ったことを考えれば多少の黒字すら出るぐらいだ。逆に私兵を減らすなら、熟練の兵士達を全員を農家にでも転職させろと言うのか?それはそれで不平不満が募り、新たな災いの種となる。
元兵士たちが領主に不満を持ち、武力闘争でも起きたら領の存続すら危うい!
なあ、あの褒賞と言う名の、この領を締め付けるための案、誰が考えた?まさかとは思うが……陛下、なのか?」
俺の説明に顔を歪ませ続けるアルフレッドは、最後の質問にごくりと喉を鳴らす。
「そう、だ……」
かろうじて聞き取れる声で返ってきた肯定の言葉に、やはり王家は一度滅びた方が良いんじゃないかと思った。
その後、王家側の要望を確認する。
大前提で国と認め相互不可侵として同盟を結ぶこと、これは当然であろう。
食料は今まで通りの量を同額で融通してほしい事、武具なども同様にそちらに売っても良い事、それらに税をかけないこと、東側の帝国の元辺境伯領も王国となるため、兵の移動については許可が欲しいことが記載してあった。
それに対し、我が国としての要望を伝えた。
農作物の販売は変わらず行う事、無税についても同意し、武具の購入は不要であること、兵の移動については半年以内に専用の道を作るので、通行するときは2週間前には必ず連絡をすることを条件にした。
兵の移動については、王国の軍に街中を威嚇行進されてはたまらんからな。
海岸線の道であれば整備したらすぐに使えるようになるだろう。
使うのはどうせ年に数回程度だろうし、無人の休憩所をいくつか作れば良いかと思った。
「なあ、あの爆発する攻撃は恐怖だったが、我が軍が引かなければどうなっていた?」
「そうだな、あれもあと数十発は打てるんだが、正直あれが無くても勝てると思っている。だが乱戦になれば多少なりとも犠牲は出る。それを避けたかっただけなんだ。その代わりに王国の兵は多数が死んだだろうがな」
俺の返答に歯噛みするアルフレッド。
「あれがなくとも勝っていた、と言うがこちらは5万、長引けばその倍は兵を出せたのだぞ?それでも勝てるというのか!」
アルフレッドの言葉に、ため息をつきならが腰を上げる。
そして護衛の兵に剣を抜いて構えるように言う。
俺は、腰の剣を抜くと同時にその護衛の構えた剣の先を切る。
鞘に収めた時には、護衛の兵は先がすっぱりと切り取られたことに驚き腰を抜かしていた。
「これが、今の我が軍の持っている標準的な剣の切れ味だ。それに王国の兵達は実践経験ないだろ?うちは小さないざこざならそれなりにあるからな……数が十倍なら、1人が10人切れば終わるだろ?そういう事だ。」
「そう、か……」
また俯きながらそう言うアルフレッド。
当然ながら、自分が持つ剣には、ミスリルが含まれているため精霊の力が通りやすく、切れ味が何十倍にも上がっていることを教える義理はなかった。
その後、数分の沈黙があったが、咳ばらいをしたアルフレッドはゆっくりと立ち上がる。
「先ほどの案で必ず纏めさせて頂く。此度の事、不義理に対する賠償など、今回は盛り込んではいなかったが必ず認めさせる!だから、よろしく頼む……」
そう言って頭を下げるアルフレッドの肩をポンと叩く。
「無理はすんなよ」
「ありがとう」
疲れの見えた笑顔でそう言ったアルフレッドは部屋を出ていった。
その後、王国からは全ての条件を飲み賠償として金貨2万枚、軍の通過させる際には金貨100枚を支払うと条件で合意が成された。
金貨100枚はそれなりに裕福な領民の年収程度の金額だ。
少額だが金を払って通過することで、対外的にも独立した他国だと示すことにしたいのだろう。
その事はこちらの利にしかならないのだから、その様なことが盛り込まれていた同盟位の草案に少々驚いた。
アルフレッドが頑張ってくれたのだろう。
だが、今後も油断はできず砦の強化も必要だが、わが国には優秀な職人もいるので大丈夫だろう。
きっとこの国を守って行ける。
俺と、彼女の2人なら……
隣で楽しそうに笑うマルティナを見て、そう思った。
~ おしまい ~
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