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◇
幸せなんて一瞬なのに。
「馬鹿みたい」
一人でお酒を飲みながら、満月を見上げる。あの日の熱も幸せももうどこにもない。冷え切った室内で一人、私はお酒を飲んだ。何だか久しぶりにあの時の記憶を思い出してしまったな。ちょっぴり泣きそうになり、フォトフレームに飾られていた大貴とのツーショットを伏せた。
思い出さないようにしていたのに、思い出してしまうのはこの写真のせいだろうか。いっそ捨ててしまおうか。けれどその写真がゴミ箱に放り投げられることはなかった。できなかった、そんな愚かな行為を私には。
大貴が死んだのは、同棲を始めて半年が経った時だった。出張先で事故に巻き込まれて死んだ。そう、淡々と大貴のお母さんから言われた。
事故の原因は高速での煽り運転。後方車両に煽り運転をされた結果、事故に遭ったらしい。大貴も煽り運転をしていた運転手も、どちらも搬送された病院でしばらくして息を引き取ったそうだ。
「何それ」
その日、仕事は手につかなかった。上司もそれを理解して、早帰りさせてくれた。家に帰って、しんと静まった室内で「ただいま」と言ってみる。いつもなら帰ってくるのに、勿論誰もいない今は「おかえり」なんて求めている言葉は帰ってこない。そんなの分かり切った事なのに、「ただいま」と言ってしまった。だからその無音が心に響いて、嗚咽してしまう。
「一人残しやがって。残された側のことも考えろ」
私は月に向かってそう吠えた。大貴には届かないし、大貴が死んだのは大貴のせいではなくて煽り運転をした奴のせいだけど怒りは収まらなかった。死んで少し経っても、大貴を思い出してはその怒りをぶつけてしまう。そして、感情がぐちゃぐちゃになる。
目からはポタポタと涙が零れ落ちていた。最近はずっとこの調子だ。一人暮らしにしては広すぎる部屋も、余計寂しくさせた。
「大貴……帰ってきてよ」
その言葉が叶わないと知りながらも、人は呟いてしまうのだ。
「ただいま」って大貴に言われて「おかえり」ってもう言うことはない。一人きりになったこの部屋でそんな会話がされることはもうないのだ。それを悟った瞬間、なんだか急にこの部屋が広く感じた。
(了)
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