第7章 混沌の狂宴

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第7章 混沌の狂宴

第58話 脱落者(一)  6月ともなれば日が高い。  屋上も、そろそろ給水塔の陰を使いづらくなってきた。 「あのねちっこい当主様に追いかけ回されている女がいたとして、その女が密かに子供を産むとしたらどんな場所だと思うか、お前の見解が欲しい」  珍しく、電話の向こうの忍が5秒沈黙した。 『……それ、まんま紅ちゃんのお母さんじゃない?』 「具体的な場所を調べて欲しい訳じゃない。お前ならどうするか聞きたいだけだ。俺の一族は男ばかりだからわからない」 『俺も男なんだけど?』  とは言ったが、そこは《情報屋》らしくすらすらと話し始めた。 『闇医者、免許は持ってるけど口コミの患者しか来ない産科医、免許はあったりなかったりだけど、助産師っていうより「産婆さん」っていう経験と技術を持ってる人、昔縁切り寺だった尼寺、辺りかな。普通の産科医だと、ちょくちょく検診に行かなきゃいけないし、母子手帳も作らなきゃならないし、紅ちゃんに戸籍も住民票も無かったっていうなら八坂蘭もそうだったんだろうから、裏ルートを当たるしかない。…見付からない弥栄の拠点を含めてね』 「その裏ルートってやつを、ピックアップしてくれ」 『……それって、俺の身の安全は保証は?よりによって弥栄だろ?』 「正確に言うと、八坂蘭は、当主の依頼で永人を殺した時点で、呪いが解けて弥栄から抜けている。べにも、弥栄の血は引いているけど、一族には属していないから心配は無い。ただし、弥栄の拠点に突き当たりそうなら、そこからは手を引け」 『お(まじな)いの次は(のろ)い?…まあ、そういうものがあるとして――――永人は自殺じゃなくて他殺、実行犯は八坂蘭、依頼者は我らが父上、で確定?』 「確定だ」  紅は、《夢》で永人の記憶に入り込み、その事実を知った。  だが、直人は別ルートでその繋がりを突き止めた。 「俺が父上と呼びたくない奴が、俺の一族から破門された、って話は知ってるか?」 『ああ、理由までは知らないけどね。そこはお前の一族の機密なんだろうから』  直人は構わずに言った。 「俺の一族は、一部の例外を除けば《依頼》のない殺しは禁忌だ。外部に依頼するのも禁忌だ」  それは、《一族》の資料に残されていた。 「30年前、俺の一族に、弥栄と思われる者から密告があった」 『へえ、どんな?』 「呪符(じゅふ)だ。《拝み屋》に鑑定を依頼した」  忍の脱力した声が聞こえた。 『あ~…もう、科学の限界を感じるぜ。…で、どんな呪いだったんだ?』 「『縁切り』の願掛けだけど、効力は気休め程度らしい。だから、本筋は縁切りの内容だ」  その気休め程度の縁切りの呪符には、意味不明の記号か模様が墨書きされており、文字が続いていた。  ――――高天原識とのご縁が二度と繋がりませんように―――― 『つまり、二度とっていう程度に、一度は「ご縁」の殺しがあったってことか』 「ああ。俺の一族への密告で『ご縁』なんて言葉を使うのは《弥栄》くらいだ。それが届いたのは、永人の死の直後。だから、当時の幹部の合議で、高天原識を破門した」 『破門って、具体的にどうするのか、俺が聞いてもいいやつ?』 「襲撃して、一生戦闘不能になる程度に利き手と利き足を潰す。日常生活には差し支えないから他人にはわからないし、当主自身も破門じゃなくて自主的に脱退したと思ってるかもな」 『怖え』 「今更何言ってんだ《情報屋》」  直人が教室に戻ると、珍しいふたり組がいた。  紅がいるのは当然として、 「直く~ん!生徒会委員やる気ってある?」 「微塵も無い」  はあ、と溜め息をついたのは、睦だった。 「紅ちゃんが、直人君がやるならやってもいいって言ったんだけど……」 「何やるか知らないし、多分面倒くさい」 「それはそうと直くん、睦ちゃんにコメントは無いの?」 「…………」  直人は、睦を見た。  伊達眼鏡が無い。  耳上の髪を後ろで結んで紺色のリボンを飾り、後ろの長い髪はウエストライン、というお嬢様風味のサイドアップだ。 「変装やめたのか?」 「……………………」  どんっと紅が机を拳で叩いた。 「んもーーー!!そうじゃないでしょ直くん!女の子にモテないぞっ!!」 「天然タラシって言いまくったのは誰だ」 「べにだよ」  睦が、今日二度目の溜め息をついた。 「いいのよ。《弟》なんてこんなものだわ。それより、変装っていう方が軽くショックよ。どうして今まで何も言わなかったの?」 「変装なんて、訳アリかハロウィンだろ。今更だけど、柳子が原因だったんだろうし」  直人と睦の初対面は、山から戻って来た後だが、既に睦はごつい眼鏡と昭和のガリ勉みたいな三つ編みだった。それまでに柳子が何か仕掛けたのだろう。――――紅にそうしたように。 「……伊織兄さんに言われて元に戻してみたけど、あまりよくないタイミングになっちゃったから、褒められても素直に喜んでいいのかわからないの。……だから、いいのよ」 「ん?それって、柳子ちゃんの髪の毛が焦げちゃったって話かな?僕を悪者にしたかったらしいけど」  紅の反応はあっさりしている。  忍が言っていたような、油でも被ったのかと思うくらい――――火傷の跡が残る、という話は流布していない。  だが、周囲が見れば別人かと思うほど美少女デビューした睦自身は遠慮がちで、多分本当の事を知っているのだろう。 「手伝うのはたまにでいいから、一応参加してくれないかしら?人数が足りなければ募集するから」 「やる気の無い俺よりも、普通に募集人員だけでいいんじゃないか?」 「高天原家の《数持ち》は、生徒会に参加するのが慣例なのよ。うちの学校の生徒会の権限は強くて、予算も年間数千万円あるから、将来事業をしたり事業家に嫁いだりする予行練習みたいなものよ」  睦が、にっこりと笑った。圧を感じる笑顔だ。 「まさか、ぶっつけ本番で継人兄さんの補佐をするつもりじゃないわよね?面倒くさがりの直人君が大学進学しても、高天原特権で卒業になりそう」 「…………」  紅が、はーいと手を挙げた。 「勧誘しに来たってことは、睦ちゃんはもう生徒会委員なのかな?」 「私は副会長で、伊織兄さんが会長よ。今月中に新生徒会を作って、7月までに引き継ぎをしなきゃいけないの。三年生は受験に専念するから、私が繰り上げで会長に内定しているわ」 「それって、宗寿くんもやったの?」 「…………」  睦は、しばし遠い目になった。 「やったわ。陰では誰も会長って呼んでいなかったらしいけど……」 「何て呼ばれたの?」 「《暴君》よ」 「…………」  紅は大ウケしてお腹を抱えて笑っていたので聞こえていなかったかもしれないが、睦は言った。 「ワンマンだったけど、それなりの業績は出しているわ。宗寿兄さんは、横暴だけど無能ではないのよ」 「無能ではない、か。俺もそれは何度か聞いたけど、有能だってストレートな褒め言葉って聞いたことないんだよな」 「……ワンマンだから。ひとりで君臨していても、有能な人材を積極的に利用するお父様とは、似ているようで…似ていないの。とりあえず、伊織兄さんが呼んでるから、紅ちゃんと一緒に来てくれる?」
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