第3話

1/1
前へ
/5ページ
次へ

第3話

「…スティーブン殿下、お呼びでしょうか」 スティーブンとは幼い頃からの仲だ。 「聖女」として教会に入ったのが7歳。そして、それからスティーブンやメイナードと出会ったのが9歳の頃。 彼らは私に平等に接してくれていたし、「王家」だからと偉そうにするわけでもなかった。そして、それは今のスティーブンもだ。ーーメイナードは残念ながら、昔の面影は消えてしまったが。 「…うん。話があって」 話、とは何だろう、と考えるが、おそらくリリアーナのことだろうという結論に至る。そしてそれは、間違っていなかった。 「…リリアーナが聖女として認められるーー聖女式が行われる。早めに行った方がいいんだけど、費用とか色々かかるから、結局半年後くらいになったんだ」 「そう、なのですね…私はどうなるのでしょう?」 「君はそれまでは今まで通り聖女クリスティーナとして働いてもらうことになる。流石に不在は困るし、だからといってまだ正式でないリリアーナを動かすわけにもいかないしね」 やった、と喜ぶ。 また、みんなの笑顔が見られるのだと思うと、それを生きがいとしてきた私には最高の幸せだ。 「聖女」と名乗るリリアーナが第二王子ーーつまり、王家に保護されてしまうことになった現状で、代わりに私は蹴落とされやすい存在となる。しかし、もしもの場合ーー私もリリアーナも「聖女」として認められた場合、蹴落としてしまったあとではもう遅い。 「聖女」は幸をもたらす存在だという言い伝えがあるからだ。 だから、第一王子は私の保護を申し出たし、その意図を理解した国王も許したわけだ。 スティーブンが私を保護したことには、納得する貴族が多かった。 反発を見越して許可した国王も、これには驚きだと言っていたらしい。 「…クリスティーナが頑張ったんだ。今まで貴族も平民も治癒してきただろ?ーークリスティーナの治癒には心も癒されると誰かが言っていたし、私も同意する。クリスティーナはすでに自力でみんなに認められてきたんだよ」 スティーブンがそう言った言葉に、私は嬉しくなる。 メイナードに婚約破棄され、リリアーナのせいで「悪役聖女」と呼ばれるようになって、傷つかなかったわけじゃないけれどーースティーブンのお陰で私はまた、勇気をもらった。 聖女クリスティーナが婚約破棄された、という噂を聞いているにも関わらず、聖女の癒しを求める人は数多かった。 私も嬉しくて、はりきってしまったのだろう。 「クリスティーナ様!?」 ふいに意識が遠ざかる気がした。 ◇ ここは…と周りを見渡す。 立っているどころか、存在している感覚もない。ーー私は、ある一つの場面を見せられていた。 ◆ 「初めまして、スティーブンだよ」 「僕はメイナード!」 「初めまして、だ、第一王子でんか、第二王子でんか…私は、く、クリスティーナ・エステル・ルドルフと申します」 あの片言(かたこと)の少女は、幼い私。思えば、あの時から恋をしていたのかもしれない。 スティーブンは花冠を作ってくれたり、いかにも難しそうな本を読んでいる横で私を見守ってくれていた。 メイナードは私を連れ出してこっそりスティーブンからかくれんぼしたり、木に登って遊んでくれたりした。 美形の王子たちと聖女。私たちは、使用人たちにとって、さぞかし愛おしく思えたに違いない( 自意識過剰だが )。 そして、この回想を見て、改めて理解するーーこの少女は、ある人ーースティーブンに恋しているのだと。 なぜ過去形にならないかと言うと、それは今もだからだ。 スティーブンに恋していると自覚してから、やっと好きだと言おうと決断した矢先ーー。 「クリスティーナ、これからはメイナード殿下がお前の婚約者だ」 お父様が、聖女に任命されたとき以来の笑顔を見せた。 その時はまだ尊敬する人として、父親の笑顔が見られたということでーーこれでいいんだ、と幼いながらに心に刻み込んだ。 スティーブンを想ったらお父様は悲しむのかな。 メイナードと婚約できたから、お父様は笑っているのかな。 ーーきっとそうだ。 今思えば、多分歳が近いからメイナードが選ばれたのであって、別にスティーブンでも良かったはずだ。 だけどあの頃の私はそれがわからなかった。スティーブンではいけない。メイナードでなければならないーーと、そう思った。 スティーブンの、楽しそうな笑顔も、木陰で難しい本を読み疲れて寝てしまった時の寝顔も、少し悲しそうな顔もーー全てに胸がときめいた。 だけど、この気持ちは心の奥にしまい込んでいたのにーー。 ◆ 「っ!」 目をぱち、と開けて飛び起きる。 どうして、あんな夢を見たの?ーー思い出したくない過去でしょう。 それに、最後ーー私は何て言おうとしたのかしら。これで、飛び起きていなかったらーー。 と頭を少し混乱させて、私はふと、そこが私に与えられたあの素敵な部屋であることを理解した。 ああ、そうか。私は倒れてしまったのねーー。 「…クリスティーナ?」 部屋に入ってきたのは、夢に見た通り、私の大好きな、そして初恋のあなただった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加