第4話

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第4話

「…良かった。いきなり倒れたって聞いた時はびっくりしたよ」 心配したんだ、と安堵の表情を見せた彼は、使用人の代わりに水桶とタオルを持ってきていた。 「…横になって。まだ治ってないんだから」 私が言う通りにすると、彼は持っていた水桶をベッドのそばに置いて、私の額にタオルをのせた。 冷たくて気持ちよくてーーだけど、同時に想い人が傍にいることに少しどきどきしてしまう。 「…ありがとうございます」 にっこり笑っていうと、彼はぷいっと顔を背けた。 ーーそんなに、変な顔をしていたかしら? 「……焦ったいな………」 「え?」 スティーブンは、何かぼそっと小声で呟いたが、それは私に届かずに消える。 聞き返すと、なんでもない、と笑って返してきた。 ーーずるい。 笑顔を向けるなんて、反則。 大好きなあなたの表情はどれも素敵だけど、やっぱり彼の笑顔が一番好きだから。 「…二人でいる時は、敬語なんて使わなくていい」 「え!?流石に、それは…!」 「なんなら昔みたいに呼んでよ」 「スティーブン」って? それは、流石に。ーーそれに、彼の名前を昔のように呼んでしまえば、私がしまってきた想いが溢れそうになる。 「…敬語なしなら」 すると、スティーブンはぱあっと顔を輝かせた。 ◇ スティーブンは、どうやら私が倒れたのは、急な婚約破棄と保護という環境の変化に対するストレスと、聖女の勤めにはりきりすぎた、いわゆる「過労」だろうと位置づけた。 だけど、回復し復帰した今ーー。 私はすごく張り切っている。ーーと言いたいところなのだけれど。 スティーブンは、まさかの、監視をつけてきた、らしい。初日にハメを外していつもの1.5倍くらい治癒したら、その監視に咎められた。 以来、私はあまり活発に動くことを控えている。 「…あら、あなたが聖女クリスティーナ?」 平民も多くいるこの教会で、とりわけ偉そうな甲高い声が響いた。 彼女は、確かーー。 「アンジェリカ・マリン・ドルップ公爵令嬢」 その場にいる誰もが、何事か、と声のする方を見る。 治癒してもらいにきたーーわけではなさそうだ。 どうやら部屋を移る必要があるらしい。私は、予定数の治癒を終えて、アンジェリカ嬢を招いた。 「…で、どのようなご用件でしょう?」 「ーーあなた、スティーブン殿下の元で保護してもらっているからと、調子に乗っているようね」 「…?いえ、そのようなことはーー」 「あらぁ〜ドルップ領では困っているのよね」 どうやら嫌味とか、そういうのを言いにきたわけではないらしい。 私は、話を聞くことにした。 「…どうやら、「聖女」と名乗る女が好き勝手していると、何件も通報があって。豪華な馬車でドルップ領を毎晩走っているけれど、音がうるさいとか。あとは、その聖女の護衛みたいな方が、少し失礼をしてしまっただけで暴行を加えてきたとか。とにかく迷惑しているの」 騒音、暴行被害。確かにひどいが。 「それは、私ではありません」 「!?じゃあ、誰だと言うのっ」 私は、容易に見当がついた。 「聖女」だと名乗る女。そして、豪華な馬車を所有できるのは貴族だけだし、しかも毎晩動かせるとなると、よほどの財力があるか、もしくは地位があるか。 アンジェリカ嬢は気づいていないようだけど、これは噂のスキャンダルと照らし合わせれば一目瞭然。 「…アンジェリカ様。私が、「悪役聖女」と呼ばれていることは知っているでしょう?」 「ええ。それがどうしーーあ」 どうやら、気づいたようだ。 そうーーリリアーナ。 「聖女」と名乗る女で、なおかつ豪華な馬車を動かせる。きっとメイナードの命令だろう。もしくは、婚約者という地位を得て好き勝手しているか。 どちらにせよ、許されることではない。 「…アンジェリカ様。今すぐ、その女を領地から追い出して下さい。邸宅など、拠点とする場所があるかもしれませんから、そこも検討なさると良いかと」 「…ありがとう、感謝しますわ、聖女クリスティーナ」 アンジェリカは、由緒あるドルップ公爵令嬢。比べて、リリアーナは、第二王子メイナードの婚約者という身分ではあるけれど、所詮公爵家から見れば、ただの男爵令嬢にすぎない。 追い出すなど、容易いこと。流石にメイナードも、こればかりは聞かねばならないと判断するだろう。 君主や王家、特にこの「ソユリア王国」は臣下、国民の元で成り立ち、彼らがいなければソユリア家は今のように強い勢力などないだろう。そして、支える臣下の中で、最も重要な「ドルップ公爵家」。第二王子とはいえ彼らの信頼を裏切れば、ソユリアの今後にも影響してくるのだ。 「ではまた」 「ええ」 初めの声とは真逆に、嬉しそうな、優しい声を発したアンジェリカは、すぐにカーテンの向こうへ消えた。 ◇ 「…失敗、かしら」 いいえ、正式には失恋、かしら。 スティーブン様が言っていた意味が、今になって分かる、と少し苦笑いしながらアンジェリカはドルップ家の綺麗な馬車に乗り込んだ。
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