第5話

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第5話

◇ 「…クリスティーナ様。お手紙がたくさんきています!」 侍女がそう言うので、私はとりあえず重要なものから絞ることにした。 まずは、アンジェリカ様。 感謝を述べたい、とのこと。 私は特に何もしていないのだけれど、アンジェリカ様には悪い印象は抱かなかったし、今味方をつけておくべきかーーなどと考えて茶会の誘いをお受けすることにした。 その他いくつか、他の令嬢からも誘いが来ていた。 思わず嬉しくなってしまう。「悪役聖女」でも呼ばれるのだと思うと。 「次はーーどなたかしら」 舞い上がって手紙をめくった先にはーー。 ◇ 「スティーブン様っ」 「…クリスティーナ?どうしたの、慌てて…」 「こ、このラリエット宮ーースティーブン様の許可を得ないと、私でも人を通すことはできませんでしょう?」 第一王子の住まいとして、いくら丁寧にもてなされた聖女でも、所詮「客」。 招き入れる権利がないことを、改めて確認した。 「…そうだね。誰か、招きたい人でもいるの?自由にして良いけど…」 「その、逆、です……」 私はその方の要望ーー「ラリエット宮にて聖女クリスティーナにお目にかかりたい」といかにも丁寧な言葉遣いで表されたそれは。 私が無断で出てきた実家。 ーー父、アーサー・リズ・ルドルフ侯爵と、母のアリア・レイシャ・ルドルフ公爵夫人からだった。 彼らは、なんて言うだろう。 父は、取り入ったことに喜ぶだろうか。母は、相変わらず軽蔑を? それとも、その反対かもしれないーー。 「逆?」 「はい…」 スティーブンはよくわからない、という表情をしている。 それもそうだーー父が子供に興味がなく、母が私を嫌っていることなんて、屋敷以外の他人は、誰一人知らない。 常に「完璧なルドルフ家」として社交界に名を馳せてきた名家だ。 そんな彼らの家に憧れて働いている使用人も多いがーーどれほど落胆しただろうか。 彼らの心中を思うと、申し訳なさと罪悪感でいっぱいになる。 「…今はまだーー家族に会いたくないのです」 そう、まだーー。 いつかは覚悟を決める時が来る。そしてそれは、私にはまだ…。 「…そう」 スティーブンが何を思ったかわからないが、彼は承諾してくれた。 ◇ 「あら、聖女クリスティーナではなくて?」 「まあ!本当ですわ」 「お目にかかれるなんて」 本日は、アンジェリカの茶会に招かれている。もちろん「悪役聖女」である以上、覚悟はしてきたはずなのだが…。 「大丈夫ですわ、皆私の、そして貴女の味方ですもの」 アンジェリカはこそっと耳打ちしてくれた。 良く言えば「ご学友」、悪く言えば「取り巻き」の彼女らは、私のことを悪く言わない。「悪役聖女」として見てもいない。 それは、私にとっては嬉しい誤算だった。 「改めて、お招きいただきありがとうございます。クリスティーナ・エステル・ルドルフです」 「こんにちは。この前はありがとうございました」 私を訪ね帰ったあと、彼女はすぐに父に報告した。 迷惑な「聖女」を名乗る彼らの居場所を突き止め、すぐに交渉に入ったらしい。流石ドルップ家である。メイナードも逆らえず、結局「ドルップ領には二度と立ち入らないこと」という契約を交わし、追い出せたそうだ。 「全く、聖女と名乗るものですからてっきりクリスティーナ様かとーーですが、違いましたわね」 アンジェリカはこちらを見てにこっと笑った。 「今思えばわかりますわ。あの時微笑みながら懸命に皆を癒していたのですものーーそんな彼女が、迷惑など、有り得ませんわね」 「…!恐れ多いことで…」 「まあ、何をおっしゃいますの。貴女様は聖女として人々を助けて来られたのでしょう?」 「…ですが、実際癒せていたかはわかりません。聖女というものは、身体(からだ)の傷だけでなく心も癒すべきですから」 その心構えが素晴らしいのよ、とアンジェリカは微笑んだ。 他のご令嬢方も、「そうよ」と賛同してくれている。 ーー嬉しい。 本音を言ってしまえば、そういう感情になるのだと思う。 私はいつも、それが「当たり前」だと思ってやってきたことなのだから。 「…さあ、好きなだけお食べになって?」 わっと令嬢方が喜ぶ。 なにせ、アンジェリカが開く茶会は評判なのだーー普段は見かけない食べ物があり、けれどすごく美味しい、と。 なんでも東方やら西方やら、様々なところから取り寄せているそうだ。 それは多分、名あるドルップ家だからこそ、だろう。 こうして、私たちは楽しい茶会を終えた。 ◇ 「…クリスティーナ」 「スティーブン様。どうなさいましたの?」 リュークを伴って部屋を訪れてきた彼は、いくつかの手紙を手にしていた。 「どうしてこうも、君の実家からたくさん手紙が届くんだ?」
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