一期一会

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一期一会

翌朝、10時少し前にチェックアウトを済ませると、ホテルの前で成美は千智と別れた。 ひとりで駅へ向かっていると、少し離れた場所に北野が立っているのが目に入った。 声をかけるような距離でもない。 (誰かと待ち合わせかな) そう思いながら成美が通り過ぎようとしたしたところで、北野の方が成美に気が付き、走って来た。 「水野さん!」 「お疲れ様。誰かと待ち合わせ?」 「水野さんを待ってたんだ。この先の駅を使うって言ってたろ? だからここを通ると思って」 「私に何か用?」 「うん。水野さんって、今フリーって言ってたよね?」 「言ったね」 「実は研修中から『いいな』って思ってたんだ。だからもっと仲良くなりたくて。これからどこか行かない?」 (嘘っぽい) 昨日、深津の部屋で飲んでいた時、北野は成美に話しかけたりしなかった。 北野のお目当ては、明らかに祐美だった。 「今日はもう疲れてるから、ごめんなさい」 「だったらさ、別に今日じゃなくても、どこか休みの日にでも会わない?」 「……仕事が始まったら、きっとそんな余裕ないと思うから。またみんなで集まれたらいいね」 「そっか。残念。じゃあね」 あっさりと引き下がった北野に、やはり、誰でも良かったんだと、成美は納得した。 北野が行ってしまって、成美は無意識にすぐそばのビルを見た。 1階がガラス張りになったそのビルに、成美の知っている人が映っていた。 「もしかして聞いてた?」 成美が振り向くと、隼人が申し訳なさそうに返事を返した。 「不可抗力で」 「織田くんはどうしてここにいるの?」 「どうしてって……駅がこっちだから」 隼人は何やらゴソゴソすると、成美の目の前に免許証を差し出した。 「これ、住所見て。槻高になってるだろ? 阪北線」 「一緒の路線?」 「そういうこと。水野さんをつけてたわけじゃないから」 「そんなこと思ってないよ。途中まで一緒に帰ろう」 笑い顔を見せた成美に、隼人は真面目な顔で聞いた。 「……さっきの、北野に言い寄られてた?」 「どうかな。昨日は武岡さんみたいだったから、誰でもいいんじゃない? 誘いを断ったらすぐに行っちゃったし」 「北野じゃなかったらOKしてた?」 「しない。週が明けたら仕事が始まるのに、それ以外のこと考えられない」 「ふうん」 「うまく、できないの。いくつも同時にとか。きっとどれかがいい加減になるから。まずは仕事に慣れるまでは仕事のことしか考えない」 「それっていつまでかかりそう?」 「そんなのわかんないよ」 「1年くらいとか?」 「わかんない。週明けには営業所にいて自分が接客する立場になってるなんて、まだ実感がわかないでいるのに」 「確かに。配属先もこうして話してる間にも、もう決まってるわけだから、考えたら緊張する」 「新入社員はみんなバラバラにするって言われたから、一緒になることはないんだろうけど、近いとこだったら試乗車の貸し借りなんかで顔を合わせることくらいはあるかな?」 「その時はよろしく」 「こちらこそよろしく」 「深津が定期的に飲み会しようって言ってたし、情報交換とかしよう」 「そうだね」
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