ちょっと顔貸して

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ちょっと顔貸して

歓迎会の一件以来、機嫌を損ねたのか、近吉をはじめとする大迫営業車の3人は、あからさまとは言えないまでも成美を無視するような態度をとるようになっていた。 あいさつをしてもちらっと見るだけで無視される。 けれども、それが逆に成美にはありがたく感じられ、出来る限る関りを持たないようにつとめた。 4月も半ばに入った頃、成美が初めて接客担当した客が車を購入した。 その客は夫婦で来店し、妻の出産を控え大きめの車に乗り換える予定だと言って、4月の頭に一度来店した客だった。 茶髪で少し派手な夫がずっと話しているのに対して、妻は大人しいタイプで、成美の説明に相槌だけをうっていた。 そして同時期に、もう一台、やはり夫婦で来店していた客が、成美から車を購入した。 子どもがいないと言っていたその夫婦は、夫の方がいかにもモテそうなエリート銀行員で、妻の方はおっとりとした女性だった。 入社して間もない成美が契約を立て続けにとれたことで、成美自身、幸先の良いスタートをきれたと思っていたが…… 契約をとって少し経った頃から、営業所内での先輩社員の成美を見る目が、いい意味ではなく変わってきた。 何か影でヒソヒソ言われているのはわかっていたけれど、何を言われているのかはわからない。 気にしたらダメだと思い、成美は知らないフリを続けた。 けれども、成美が接客から戻り、自分のデスクにつこうとした際、誰かが「いいよな、女は」と聞こえるように言った。 その意味がわからなかった。 成美は、他の男性営業マンと同じくらい遅くまで仕事をしていたし、朝の洗車もみんなと同じ量をこなしていた。 (「女」ということで何か他の人と違うことがあった?) 面と向かって何かを言われるわけではなかったので、相手を捕まえて問いただすこともできない。 そんな状態が続いていた中で、辻が成美に声をかけてきた。 「ちょっと時間とれる? 気になってることがあって。お酒でも飲みながら話そう」 そんな誘い方だった。 32歳の辻は、事務としては長い方で、物言いも少しキツイところがある女性だった。 自分より目上の男性にもズバズバ物を言うことから、やや煙たがられているような存在だったが、仕事の面では誰も頭が上がらず、店長までもが彼女に気を使っていた。 そんな辻と、これまで事務的な会話しかしてこなかった成美は、気づかぬうちに何か失礼なことでもしてしまったのかと、緊張しながらその誘いに応じた。
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