ちょっと顔貸して

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営業所の全員が例外なく車通勤をしていたため、仕事を終えた後、飲みに行くとなると、一度車で家に帰り、公共の交通機関で再度で直すことになる。 そのため、歓送迎会などを除くと、仕事帰りに飲みに行く人間はめったにいない。 だから、辻の誘いはそれだけめずらしいことだった。 6時になると辻は「先に行ってる」とだけ言って、定時きっかりに営業所を出た。 成美は仕事を終えると、急いで一度家に帰り、車をおいてから事前に指定されていた店へ向かった。 そのため、店に着いたのは9時前だった。 成美が店員に案内された席に行くと、辻の他にもうひとり、知らない女性もいて、2人は既にだいぶ飲んでいるようだった。 「遅くなってしまって申し訳ありません」 「いいよ。遅いのはわかってたから。そこ座って」 「ビールでいい?」 「はい」 営業所を出た時から緊張していた成美だったが、知らない女性に飲み物を聞かれて更に緊張が高まる。 「嫌いな物は?」 「ありません」 「お腹すいてるでしょ? 取り合えず適当に頼むね」 「はい」 もう一人の女性はタブレットで注文を済ませると、成美に言った。 「本社総務の平塚です。辻とは大学の同級生なの」 「初めまして。水野成美です」 「まぁ、飲んで」 「はい」 今のこの状況が何なのかもわからないまま、成美は運ばれてきたビールに口をつけた。 「食べて」 「はい」 そう答えた成美だったが、食べ物は喉を通りそうもなく、ビールだけを飲んだ。 そんな成美の様子に、口を開いたのは辻だった。 「気になって何も食べれそうにないみたいだから、先に言うね」 その言葉に、成美はビールを持っていた手を膝に置いた。 「ぶっちゃけ、マクラやってるの?」 最初、何を言われているのかわからず、成美は返答に困ってしまった。 (マクラ? マクラ……って? もしかしてマクラ営業のこと?) 「そんなのしてません!」 思っていたよりも大きな声が出てしまい、成美は慌ててすぐに謝った。 「すみません」 辻は自分のチューハイをゴクゴクっと飲むと言った。 「じゃさ、契約とった2件の決め手みたいなの教えてよ。どんな営業かけたの? 2件とも他社の車と決めかねてるとこあったんでしょ?」
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