ちょっと顔貸して

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「……最初のご夫婦は、これからお子さんが生まれると聞いていたので、昼間、奥様に会いに行って、自社の車のメリットをお話しさせていただきました。検討していらっしゃる他社の車が4WDだったので、小さなお子様がご一緒の時、スライドドアの方が便利だと言うお話をさせてもらって……」 辻には言わなかったが、成美は奥さんから、お姑さんのことやご主人が家事を手伝ってくれない、と言った愚痴を長い時間聞いた。 話が一通り終わった時、奥さんの顔が晴れやかだったことを覚えている。 2人は成美の話を黙って聞いていた。 「もうひと方は、犬を飼っていらしたので、災害時の避難の際にペットを受け入れてくれる避難所が見つからなかった場合、広い車内を利用する方法があるというお話をしました。検討されているお車が、7人乗りの後ろのシートを取るカスタマイズが可能だとお伝えしたら『それいいね』と言っていただいて……」 成美は営業に行ったにも関わらず、そこの犬とボール投げをして遊んでしまったことも言わないでおいた。 「それも奥さんと?」 「はい。昼間お時間をいただきました」 「その間旦那は?」 「お仕事でいらっしゃいませんでしたけど、それが何か?」 「その2組とも、お店では旦那がずっと話してて、奥さんの方は横に座ってるだけだったよね?」 辻がそんなところを見ていたことに成美は驚いた。 「そうですね。でも、お二方とも、奥様を見る目が優しかったので……奥様の方からお口添えいただけたら、契約が取れるんじゃないかと思ったんです」 「それで、奥さんの方に営業かけたの?」 「はい。何度かお時間をとっていただいてお話ししました」 「辻は今の話信じる?」 「そうだね。少なくとも噂で聞いていた話よりは」 「全く、最低だね」 「あの、何の話をされてるんでしょうか?」 辻が真面目な顔をして言った。 「あんた、マクラ営業して契約取ってるって噂流されてる」 「私そんなこと絶対にしません!」 成美はそう言った後、誰が言っているのか見当がついて、ぽろぽろと涙をこぼしてしまった。 ずっと感じていた刺さるような視線の意味が判明したものの、それは受け入れられるような類のものではなかった。
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