ちょっと顔貸して

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「あーほら、辻ぃ、もっと他に言い方あるでしょう? 全く」 「水野さん、ごめんね。ちょっとストレートに言いすぎた」 「……私の方こそ……泣くなんて……」 「もし本当だったら、影でヒソヒソやんのも嫌だから、シメとこうと思ってたんだけど、話聞いたら違うってわかったから謝る。疑ってごめんなさい」 「いえ……」 「この噂、今のところ営業所内から出てないみたいだけど、正直時間の問題だと思う。困ったことに、それ言い出したのは、大迫営業所のやつらなんだよね」 GW明けには大迫営業所の修理も終わるため、成美は噂を流している者たちと、そこでずっと一緒に働くことになる。 今回のように直接言われたことならば説明する機会も与えられる。 けれども、本人のいないところで噂されているものを、こちらから行って「違う」とは言いにくい。 「同期いるじゃない。織田くん。彼に話してごらんよ。彼がその噂聞いたら否定してくれるんじゃない?」 「それだと織田くんに先輩を否定するようなことを言わせてしまうことになるから、話したくありません」 「大迫営業所の3人は、歓迎会の時のアレがあった後だから、あんたが自分らより先に契約とったのにムカついたんだと思う 「アレって何?」 「あー、大迫営業所のやつが、水野さんにしつこく絡んでたのよ。無理に酒飲まそうとしてて、それを断ったから」 (あの時、お酒を断ったから? それだけで?) 「逆恨みかぁ」 「そんなとこ。上に言っても口頭注意だけで、へたしたら水野さんの立場がもっと悪くなるだろうし……」 突然、平塚がにっこりと笑った。 「水野さん、本社に来る? 総務にひっぱってあげようか?」 「えっ?」 「ああ、それいいかも。そうしてもらったら?」 「……ありがとうございます。でも、もう少しがんばりたいです。こんなことくらいで挫折するなんて悔しいですから」 「やだ、男気あるじゃない」 「バカ。それ誉め言葉になってない」 「いえ、嬉しいです」 「何かあったら相談して」 「はい」 「じゃあ、誤解がとけたんだから食べよう。飲もう」 「また耳にするようなことがあったら、ちゃんと否定してあげるから」 そう言われて、成美は嬉しく思った。 怖そうに思っていた辻が実は面倒見の良い人で、その友達だと言う平塚さんも表裏のない人の様だった。 (大丈夫。ちゃんとわかってくれる人がいる。だから、正直にがんばってさえいたら、きっといつかわかってくれる) 成美は目の前に置かれていた箸を手に取った。
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