タダイマ

2/2
前へ
/2ページ
次へ
「すみません、このあたりで迷いインコを見かけませんでしたか?」  手作りのビラを配って近所の人に尋ね回る。けれど誰もが首を振るばかり。 「どこ行ったんだよぉ、ハナ……」  ……鳥かごから出している時に、うっかり窓を開けてしまっていたのだった。ハナはそこから飛び立ち、俺のそばからいなくなってしまった。  逃がしてしまったのは完全に俺の落ち度だ。ハナが今どうしているのか、猫やカラスなどに襲われてはいないか、無事だとしてもエサがなく飢えてはいないか心配でたまらない。  ハナが好んでいたおやつを持ってうろついたところで意味はない。そんなことは分かっている。相手は空を飛べる動物で、どこまでだって好きに行けるのだから。  数日見つからない日が続けば、もう諦めるしかないのかという気持ちが満ちてくる。ハナのいない鳥かごを見つめ、溜め息を吐いた。 「このカゴも、もう捨てるしかないのかな……」  呟いた時、玄関のチャイムの音が静かな部屋に鳴り響いた。  気力もなく、のそのそと立ち上がって玄関に向かう。 「はい……」  開けた瞬間、ピュイピュイ! ジジジッとさわがしい鳴き声に出迎えられた。  目の前に、鳥かごを持つ女性が立っていた。 「うわ、すごい元気。ずっと大人しかったのに」 「えっ、あっ、ハナ!? ハナちゃん!?」  鳴き声は女性が持つカゴから、けたたましいほどの音量で聞こえてくる。  その中に、ハナがいた。 「ハナ……!!」 「良かった、飼い主さんで間違いないみたいですね。電柱の張り紙にそっくりな子を見かけて、保護したんです」  みっともないことに、泣いてしまいそうだった。 「私がエサをあげてもなかなか食べなくて、元気もなくて……。ずっと飼い主さんに会いたくて寂しかったみたいです」  食いしん坊のくせに、とカゴの中を覗きこむ。ハナは羽根をバサバサさせて、出してほしいとアピールをした。 「あの、すみません。ドア一旦閉めてもらっていいですか? ハナがカゴから出たいみたいで」  女性はにこやかに「はい、どうぞ」とそっとドアを閉めてくれた。鳥かごを開けて指を差し出すと、ハナはカゴから出てきてそこにちょん、と止まった。  小さなささやかな命の重みに、幸福を感じた。  ハナはそこから力強く羽ばたいて、俺の肩に乗る。  そうして俺の耳にしっかりと届くように、大きな声を上げた。 「タダイマ!」
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加