タダイマ

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 言葉を教えてもなかなか覚えない、気まぐれで食いしん坊なインコを一羽、飼っている。ハナという名前は俺がつけた。  飼うというより一緒に暮らしていると表現した方が近い。一人暮らしの生活に賑やかさと楽しさをもたらしてくれる何より大切な家族だ。 「ハナちゃん、おはよ」 「……ピィ!」 「オハヨ、だよ。ハナ」  毎朝声をかけても、ハナは言葉を覚えてはくれず、首をきょときょとと傾けて鳴き声を上げるだけ。  ヒナの頃から飼っていても、言葉を覚えてもらうのはなかなか難しい。男の低い声なのがいけないのだろうかと高い声で話しかけてみても、やっぱり覚えてはくれなかったし自分で自分の声が気持ち悪くてやめてしまった。  挨拶などのよく聞く言葉を覚えてくれるらしいけれど、鳥にも個性がある。うちのハナは言葉に興味がないのかもしれない。 「ハナー、ただいま」 「ピュイピュイ!」 「ただいま。オカエリ、って言える? オカエリー」  問いかけても可愛く鳥かごの中を飛び回るばかり。  ジジジジッ、と鳴いて鳥かごの外に出たがるので、俺はスーツを着たままハナを外に出してやる。  手のひらでハナが入れるくらいの空間を作ると、そこにすんなり入ってきて心地良さそうに目をつぶる。頭をすり付けて甘えてもくる。  何かを赦されているような、存在を認められているような気持ちになって心があたたかくなってくる。  朝はハナの囀りで目を覚まし、時間があれば水浴びをさせてご機嫌うかがい。  小さな愛しい命がそばにある。  そうやって過ごしていられることが幸せだったのに、ハナは今、俺のそばにいない。
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