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「やはり、1人で来るべきだった。操作は私だけで十分なのに」
老人――その頃は『桐ケ谷提督』と呼ばれていた――は、ガラス窓の向こうに広がる星々に視線を投げながら、眉間に深い皺を作った。
「祐介君だけでなく、真帆君まで巻き込んでしまうなんて、本当に申し訳ない」
視線の先に、若い男女が座っていた。パネルを忙しそうに操作している。
「僕は宇宙船の設計主任、そして、彼女はソフトウェアの開発リーダーです。僕たち2名がいれば、宇宙空間で何が起こってもすぐに対処できます。失礼ですが、提督一人では難しいかと」
健康的に日焼けした肌と、笑うと細くなる涼しげな目が特徴的な男性、佐竹祐介。
「3人でワンチーム。必ずミッションを成功させましょう。失敗したら帰るべき故郷が無くなるのですから」
女性の名は小川真帆といった。
提督が「タイマーを表示」と指示を出すと、前面にある巨大なガラス窓に時間がと表示された。
「あと、1時間29分、計算通りです。遠隔画像に切り替えます」
星々を映していたガラス窓が、ディスプレイに変化した。映像を目にした提督は、低い唸り声をあげた。
そこには、明るい光の尾を引いた巨大な彗星が映し出されていた――。
「機器のヘルスチェックは?」
「完了しています。全て正常。予定通り、レーザー砲を起動します」
祐介がパネルを操作すると、宇宙船が小さく振動した。
「何万回もシミュレーションをしました。計算通りなら、彗星は地球に到達する前に崩壊します」
だといいが……提督はその言葉を飲み込んだ。
――レーザー砲で破壊できない場合は、宇宙船をぶつけるまで。
そのために、このミッションに志願した。
「自衛隊を退官したあなたが、なぜ、現場に戻られたんですか? 断ることもできたでしょうに」
「誰も手を挙げなかったから、それだけだ。回り回って、私に声が掛かった」
事実だったが、それだけが理由ではない。最愛の妻を亡くし、深い喪失感に苛まれていた時期だった。自暴自棄な気持ちがあったのは確かだ。心の空洞を埋めようとし、命を懸ける任務に身を投じたのかもしれない。
「生きて帰るぞ。分かっているな」
厳しい口調で告げたとき、2人は作業を続けながら大きくうなずいた。自暴自棄な思いは、とうの昔に消えていた。若者たちの命を預かる責任感が重くのしかかっていた。
「それにしても、防衛軍と言っても3名だけ。日本に全て押し付けですね」
祐介の声には皮肉めいた響きがあった。
「彗星が地球に衝突すると分かってから10年。高出力レーザー砲を造れたのは、日本のメーカーだけでしたから。我が国の技術力も捨てたもんじゃないわね。それにしても、250万年周期で地球に接近する長周期彗星なんて……気が遠くなる話ですね」
真帆に重圧を感じている様子はない。彼女の冷静さと知識は、ミッション遂行に必要不可欠なものだ。
高出力レーザー砲を開発した日本が、彗星破壊プロジェクト『太陽系防衛作戦』をリードすることとなった。レーザーでの破壊をプランA、失敗した場合のプランBとして核兵器による破壊が国際会議で決定された。
宇宙船には、世界中から集められた1万個の核爆弾が搭載されていた。その結果、皮肉なことに核軍縮が随分と進んだ。
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