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しかし、問題があった。自衛隊では核爆弾を装備することができない。そこで、特別法により『防衛軍』が組織された。軍と言っても、構成員3名、本日までの時限組織だったが。
「発射時刻まで30分」
時間表示が赤色に変化した。
「発射の決議要請する。通信回線をオンしてくれ」
彗星の映像が消え、大型ディスプレイに世界地図が映し出された。
「レーザー砲の発射、および、核兵器の使用許可を要請する。至急、合意されたし」
その言葉に応じて、各国が合意結果を送ってきた。これは儀式のようなものだ。出発前に内諾はとれている。
――北米、合意。南米、合意。EU、合意……。
各地域が青く塗り替えられていく様子は、世界が一つの目的に向かっていることを示していた。
「渋るのはやはり、ロシアと中国か」
提督は、あからさまに眉をひそめた。この期に及んで政治的な駆け引きが行われることに、苛立ちを覚えていた。
「スタンドプレーですよ」
真帆が、やれやれと両手をあげる。
数分後、ついに地図全体が青く染まった。
――全世界の合意を確認。発射権限が船長に移譲されました。
無機質な機械音声が結果を告げた。
「画面を切替えてくれ」
世界地図から、宇宙を高速で移動する巨大彗星の映像に切り替わる。
「一泡吹かせてやろうじゃないか」
提督は、画面越しに宇宙の彼方を見据えた。
永遠にも感じる静寂の中、誰も言葉を発しなかった。
「真帆君、残り10分。プランBのタスクを起動させてくれ」
核兵器を使用可能な状態にするための作業。その時が来たら迷わず、実施する決意があった。
「再計算します……地球からの観測通りです。予定ポイントにレーザーを打ち込めば、彗星は真っ二つになるでしょう」
人類の技術を集結させたレーザー砲でも、彗星を粉々にするのは難しい。そのため、構造上、弱いポイントに打ち込んで彗星を分裂させる計画。避けた彗星は地球の脇を通過する……はずだ。
「……提督、何かおかしいです。彗星から信号が発せられています。規則的に同じパターンが繰返されています」
祐介が、手元の画面を食入るように見入った。
「背景放射かなにかだろう。放っておけ。真帆君、状況は?」
「光学望遠鏡で彗星を確認。レーザー発射まで3分。エネルギー充填完了。残り1分からカウントダウンに入ります。提督、最終の発射命令を」
さすがの真帆も、声が震えていた。
「もちろん……YESだ」
提督の脳裏に様々な情景がよぎった。
まず浮かんだのは、娘夫婦だ。私の決断に激しく反対していた。喧嘩別れで宇宙船に乗り込んだ。なかなか、子宝に恵まれない2人だったが、諦めてはいなかった。そんな彼らに未来を作ってやりたい。
「カウトダウン開始。59、58……」
祐介が、タイマーを読み上げた。
――残り、30秒。
そのとき、事件が起こった。声を上げたのは真帆だった。
「提督! おかしいです。映像、拡大します」
「なっ、何だこれは!」
提督は、彗星の側面に先ほどまでは見えなかった光を見た。
「彗星の脇が、開いているように見えます」
カウントダウンの読み上げを中断した祐介が絶句する。しかし、システムは止まらない。
「見てください! 何かが、吐き出されています」
丸く白い物体が、いくつも……数百個、放出されていた。
「明らかに人工物……脱出ポッドのような物体です!」
祐介の叫び声に重ねて、真帆も甲高い声をあげた。
「全周波数帯でメッセージを受信。発信源は彗星です! 今なら、カウントダウンを中止できます。ご指示を!」
提督は瞬きを忘れ、画面を凝視した。そして、数秒の沈黙のあと言った。
「……発射だ」
船内が眩しい光に包まれた。暗い宇宙空間に一筋の光が走った。巨大なレーザーの束が光の渦となり、彗星に向けて放たれた。3人は両手で目を覆った。
船体が大きく振動し、耳をつんざく爆発音がした。それが収まるまで数分、要した。
「結果を報告してくれ」
「ノイズが多くて画像が乱れています……出ます」
「おお……」
3名は同時に唸り声を上げた。
「彗星破壊を確認。計算結果とは異なりますが……まさに、木っ端微塵です」
報告する真帆の声に、喚起の色はなかった。
「あの、人工物は?」
呆然としていた祐介が我に返り、パネルを操作し始めた。
「捕捉できません。彗星が破壊された衝撃で、おそらく……いや、1つ。1つだけ、健在です!」
祐介は、画面を切り替えて、小さな光の点を指さした。
「ご指示を」
提督は黙って光の点を見据えていた。彗星から排出された人工物。そこには……地球外生命体が乗っているかもしれない。
「回収に向かう。ロボットアームの準備を」
そう命じるが、2人とも手を動かそうとはしなかった。
「プランにはないミッションです」
「私も……本部に指示を仰ぐべきかと思います」
その時、ポッドが背面から煙を噴き出した。
「現在、全権が私に移譲されている。これは、命令だ。以後の出来事は機密情報とする」
2人は反論を挟まなかった。祐介は手動で宇宙船を移動させ始め、真帆はロボットアームの起動に取り掛かった。
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