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* * *
――果たして、あの時の選択は正しかったのだろうか? 何か別の方法があったのか? いや、そんなものはない。
語り終えた桐ケ谷は、意識を現実に引き戻した。
雫は目を大きく見開き、口をポカンと開けていた。内容が完全には理解できてはいないようだ。
桐ケ谷は日本人から生まれることのない、雫の青い瞳を見つめて思った。娘夫婦が我が子として育てる、目に入れても痛くない孫娘。
彼女は遠からず気付くだろう。だから、健在な間に真実を語らなければならなかった。
「回収したポッドに乗っていたのは、赤子を抱いた女性だった。女性は彗星爆発の衝撃で亡くなっていた。しかし、赤子は無事だった。それが――」
雫の眉がピクッと動いた。さすがに理解したようだ。
「そう。それが、雫、君だよ。最後に生き残った一滴の雫。名前は私が付けた。娘夫婦は子宝に恵まれなかった。だから、喜んで引き取ってくれたよ」
「パパ、ママ……」
やっと絞り出した声は、小さく震えていた。
「雫の本当のパパとママは、もう、この世にはいないんだよ。私が――」
桐ケ谷は、言葉に詰まる。あのとき、レーザー砲を発射しないという選択があったのだろうか? ありはしない。
でも、なぜ? 彼らは早めに彗星を脱出しなかったのだろう?
ずっと、疑問だった。しかし、それは佐竹の電話で解決した。
「君が生まれたのは、彗星の中だ。現在の地球よりも遥かに高い技術力を持っていた。君が乗っていたポッドを解析して分かった」
老人は、一気に話すことにした。迷っていたら、最後まで話しきれない気がした。
「彗星の内部は資源が乏しい。人口を絞り、高度な循環型社会を作り上げていた。その技術は大変、素晴らしいものだった。しかし、彗星を脱出して移動する航行技術は、未発達だったようだ。だから、移住できる星に近付くまで、彗星に留まっていたんだよ。そして、ついに地球に接近したので脱出した。接近するまでコンタクトをしなかった理由はまだ、よく分かっていない。おそらく、早期に地球外生命体の存在を伝えることは、リスクだと思っていたのだろう」
最後の見解は佐竹のものだ。老人は言葉を区切り、冷めたコーヒーで喉を潤した。
彼らは彗星が地球に衝突することを知っていた。移住すべき星を破壊するのは本末転倒だ。しかし、彼らは策を用意していた。
「彗星の一族は計算に計算を重ねていた。脱出直後、内部に設置した巨大爆弾で彗星を破壊する計画だった。彗星は2つに割け、地球を挟んで通過する。私たちがレーザー砲でしようとしたことと全く同じだ。だが……運が悪かった。彼らが爆発を予定していたのは、我々がレーザーを発射する時刻よりもあとだったんだ」
これは、言い訳にすぎない。雫に対して、いや、自分に対しての言い訳。地球外生命体の存在を認識していたのに、レーザーの発射を指示した事実は変えられない。
「テートクが、雫の仲間を殺したの?」
雫の目からボロボロと大粒の涙が流れ落ちた。桐ケ谷は、雫の瞳から視線を逸らさずにうなづいた。
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