「ただいま」を聞かせて

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 新しい制服は亜夜によく似合っていた。胸元の赤いリボンを俺に何度も自慢してきて、同じくらい亜夜は俺の前で何度も服を翻して見せた。柄の入った制服は前に亜夜が着ていた物よりもずっと似合っていると思った。  亜夜はまた部活を始めたらしい。  前と同じように俺の絵を描いて見せてくれて、俺は嬉しくてその場でくるくる回って喜んだ。  新しい学校に通い始めた亜夜は、たまに見たことない顔をして帰ってくるようになった。 「だいすけ、ただいま。ねえ、聞いてよ~」  俺はいつものように「おかえり」と二回鳴いて、亜夜の部屋まで一緒に行った。パタンと扉を閉めると、亜夜は俺を後ろから抱き込むようにして抱え、背中の毛皮に顔をうずめた。俺より遅い亜夜の心臓の音が直に伝わってくる。 「また比嘉くんと話せなかった……」 「ひが」はここ最近、亜夜の口からよく聞くようになった言葉だ。  どうやら亜夜は「ひが」のことが好きなようだ。話したいけどいざ目の前に「ひが」が来ると緊張して何も言えなくなるらしい。  散歩の最中も亜夜は「ひが」の話ばかりをする。正直、俺は面白くない。なんだか胸がもやもやする。亜夜の一番は俺なのに、「ひが」と言う回数が俺の名前を呼ぶ回数よりも増えている気がした。  不満な俺は亜夜の腕から抜け出して、抗議するように自分の鼻を強くこすりつけた。 「なに? 慰めてくれてるの?」  違う。そうじゃない。  俺の意思は伝わらなかったが、亜夜がくすぐったそうにしながら笑ってくれたのでどうでもよくなってしまった。亜夜を笑わせるのは俺の得意技だ。「ひが」には決してできないだろう。亜夜がこっちを見て笑ってくれたので俺の機嫌は直ってしまった。  その晩、俺は亜夜のベッドの足元に丸くなり一緒に寝た。子犬の頃は夜になるとケージに入れられていたが、気づけば家に誰もいなくなる時以外ずっと外に出ている。  父にも母にも特に何も言われないし、「だいすけ~」と父は寝室から俺を呼ぶ。横になっている父の隣に潜り込むと嬉しそうにするので、まあ悪い気分はしない。そんな俺たちを見た母も苦笑しながら隣で横になるから、最近はずっと二人の寝室で寝ていた。  まだ一人部屋をもらった直後の亜夜は一人で寝るのが心細かったらしく、俺は亜夜の隣に細長くなって寝転んでいた。頬を舐めると亜夜は安心したように目を閉じていたが、いつの間にか俺がいなくても一人で眠れるようになっていた。  ふたりで寝るのは久々で、俺は亜夜の足元で丸くなって眠りについた。  亜夜は、大きくなった。今の亜夜の隣で眠ったらきっとベッドから落っこちてしまう。亜夜はあまり寝相がよくないからここで寝るのが一番だ。  亜夜の寝息を感じながらうつらうつらするのは心地が良かった。  眠った俺は夢を見た。夢の中でも俺は亜夜と一緒に寝ていて、何をするわけでもなくただベッドで眠るだけの夢は、とても穏やかだった。
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