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「どれどれ、見せてみろ」
「はい。こちら色絵花鳥文六角壺で、伊万里焼です。小ぶりですが、この乳白色の白磁に深い赤色、そして青と緑の花鳥、なんとも言えない風合いがあります。この紋様は柿右衛門とかいうようです。あたしには柿だかみかんだか分かりませんが」
弥吉は、落として割ってはいけないと慎重に助左衛門の前に置く。
「何、柿右衛門だって、ほんとうか。いつもお前は」
「え、なんでしょうか」
「何ですかって。先日の吉宗の目安箱な、中を覗いたら紀州の文とかいう字が見えたぞ」
「そうですか。それは、文左衛門は幕府御用達の材木商でしたから、おそらく。ま、それは置いとくして、これはいいものです」
「そう簡単に置くでない」
「はあ」
「まあ、よい。それで」
「はい。ご家老ですから打ち明けるのですが、隣の藩。大きな声では言えませんが、貧乏でして。立派な武士も笠張の内職をしなければ食っていけないという。あるお侍さんが生活に困って、娘を岡場所に身売りしようとなったとか。出入りの商人がそれを聞いて、床の間に飾ってあったこの壺を目にし、『ご主人、娘さんの前にひとまずこれを手放しては』と持ちかけたそうです」
「うむ、あの藩だな。いかにも」
助左衛門は、さもありなんという顔つきで弥吉に笑顔を向ける。
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