おじゃんになる

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「おう、そうであったな」 「この赤い反物ですが、いかにも薄汚れております。でもそこが値打ちなんです」 「ふむ」 「ええ、これも人にはお話して欲しくはないのですが。これは、あのお万の方の腰巻です。これをある筋から手に入れた方は、洗えば汚れは落ちるが値が下がるといって、洗わずにしまってあったそうです。ですが、ちょいと匂いがきついと手放したとか」 「何だって、お万の方だ。そりゃ千姫だろうが、万だって、そんなものわしはいらん」 「そうですか。世の中にはその筋の方面に大層興味をお持ちの方もいらっしゃいます。もちろんどなたとは言えません。この商売はお客様からの信用が大事です。めったなことではお客様のことは他言できません。特にその道の趣味嗜好に関しては。どこのどなたがということは申し上げられませんが、先日も北条正子の夜のお友だちとか、春日局の肌襦袢とかいう珍品を言い値で買っていただきました」 「ふうん、そうか。そうであってもわしはいらん」 「そうですか、もったいない話ですね。ここで得ませんともう二度とは」 「ふん、一度も二度もいらん」 「そうですか。お気に召さないとあれば致し方ない」 弥吉は、残念そうにその腰巻を両手で目の高さに、家老の前にこれ見よがしに広げる。 「おい、弥吉、それはもういい、早くしまえ」 「はい、そういたします。それでは代わりと言ってはなんですが、こちらの品をおつけしましょう」 「それはなんだ」 「はい、まずはこちらですが、小林一茶と遊んだスズメの死骸。それから伊能忠敬が仙台で泊まった時、宿賃の足しに置いていった足袋。ええとそれから、こちらは逸品ですぞ」 弥吉は、少し箱から出し渋る様子を見せる。
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