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ハイブリッド
「俺たちってさぁ」
「ん?」
「幼馴染み?親友?先輩と後輩?」
唐突に聞こえた問いかけに、言葉を失うのも無理はないだろう。その中のどれでもいいようでどれでもないような関係に、店員は思わずぽかんと相手を見つめた。
「じゃ、逆にこちらから聞こうか…あんたはどれがいい?」
「うーん…友達以上だとは思うんだけどね?なんかさ、ここに来る度…色んな人がいるなと思って」
カウンター席に座るスーツ姿の男が、苦笑いしながら言う。対峙するのは【霧島】と書かれた名札をベストにつけたバーテンダー。ひっそりと佇むバー『ミスティーク』の主であり、かつては若き天才と謳われた男だ。その頃の牙を更に研ぎ澄ませてはいるが、忽然と表舞台から姿を消し、地下でちいさなバーを経営していた。スーツの男は霧島を値踏みするような目つきで見ていたが、すぐに視線を逸らしてテーブル席を見遣る。
「…カップルが来たと思えばこれからそうなる二人だったこともあるし、こりゃ別れるなって思う二人が来ることもある…マスターの目から見れば、あの二人はどうなんだろうな?」
テーブル席に座る眼鏡を掛けたサラリーマン風の男と、彼に尻尾を振っているように見える同じくサラリーマンに見える男。眼鏡の男は一瞬霧島と目が合えば、小さく会釈して直ぐに向かいの連れに視線を戻した。
「…ありゃ元うちの店員だよ。ま、向かいのは後輩で、恋人ってとこだな…そっか、うまくやれてるんだな……」
「えぇ?」
「あぁ、今のはこっちのハナシ。んで…オレとあんたは何なのかってことだけど」
カウンター席に座る客──山﨑信長はまるい氷しか入っていないグラスをくゆらせて、「うん」とも「あぁ」ともつかない曖昧な声を発した。見た目は霧島よりも年上に見えるが、落ち窪んだ目と草臥れた顔つきが余計そう見えさせている。
「…客とバーテンダー、が抜けてない?」
「はは、それもそうだね」
「それもオレがここの店を引き継いでからの常連…かれこれ十年以上の付き合いになる」
「うん」
「客とバーテンダー、友達以上の存在、小学校からの先輩と後輩…幼馴染み」
「そう聞くと随分とハイブリッドな関係だな」
山﨑の前に置いてあるグラスを新しいものと取り換える。そのグラスは何の変哲もない水割りのように見えるが、漂う薫りは独特な香りがした。
「…あれ。珍しいね、爽やかな匂いがする…」
「コアントローと焼酎のハイボールだ。新作なんで、味見よろしく」
オレンジリキュールであるコアントローはカカオとの相性が良く、製菓素材やホットチョコレートに混ぜる洋酒。一方焼酎は米、芋、麦などあらゆる穀物から作ることのできる日本の蒸留酒だ。そのどちらも交ざり合った、まさにハイブリッドな一杯に口をつけると、山﨑は驚いたような懐かしむような表情を浮かべた。
「…あ。この味、好きなやつ」
「だろ?あんたの好みも把握済みだよ」
霧島がくくっと喉奥で笑うと、山﨑は少し嬉しそうにグラスを煽った。
「…それじゃ、超有能なバーテンダーに乾杯」
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