一花は四つの家がある

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 玄関を出ようとするとお母さんの声が追いかけてきた。 「あら、一花、レモンの散歩? 雨が降って来そうだし、すぐに帰ってきてね。六時には菫さんが来るでしょ」 「うん。鬼退治するだけだからすぐに帰る」 「なに、鬼退治って? レモン連れて鬼退治って?」 「お母さん、小さいとき読んでくれた昔話にあったでしょ、鬼退治。みんなを困らせる悪い鬼をやっつけるお話。これから私が退治してきます。レモンをお供にして。いや相棒にして」 「何を物騒な訳わからないこと言ってるの。それよりお母さんは一花の誕生日の支度をしてるから、雨降る前に帰ってきてよ」 「はーーい」 「一花、傘を持って……」  お母さんの言葉が終わらないうちに玄関の扉を閉めてた。  時間だ。六時まで後二時間。  お父さんの住むマンションは二駅先。レモンと三十分のマラソンだ。  暑い。蒸し蒸しと暑い。早く雨が降ってくれないとレモンの足裏の肉球も火傷しないかと心配だ。  レモンはそんなことお構いなしに、いくらでも走る。私を引っ張ってくれる力強い味方だ。    十分もしないうちに計算通りに雨が降ってきた。アスファルトを叩きつけるような雨だ。すぐにレモンも私もびしょ濡れになった。レモンはときおりブルブルと身体を振って水分を飛ばしては、走り出す。  久しぶりにしたお父さんとのラインのやり取りで、場所も了解済みだ。  今日行くことは話してないけど。 『いつでもお父さんのところに遊びにおいで』ってラインがきてたし。    休みの土曜日の四時半頃なら夕飯には早い時間だろうし、外食に出るとしてもまだ外出してないだろう。お父さんたちはきっと居るはずだ。  これは私の緻密な頭脳作戦だ。  早い。二十五分でマンションに着いた。  ついでに五分間、マンション前の公園でレモンと走り回った。  雨で土がぐちゃぐちゃになっていたから、レモンも私も泥だらけになった。  これは完璧ではないか!
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