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「きゃーーーー!」
彼女さんが甲高い声で叫んだ。その声に反応したレモンが飛びついていった。
尻餅をついた彼女さんに、濡れて汚れた身体で抱きついて顔をペロペロ舐めている。
お父さんがタオルを持って走ってきたから、ズボンのポケットに忍ばせておいた100均で買ったクレンジングオイルを床にこぼした。
「うわーーーーーー」
予想以上にお父さんは床の上を滑っていった。
その声にレモンは今度は転がっているお父さんの上に飛び乗った。お父さんの身体の上に覆い被さって、髪や顔や首筋まで舐めまわしている。
ようやく立ち上がったお父さんは私に、「捕まえろ!」と叫んだ。
「いや、無理。あの子ははしこいから捕まえるのは無理。大体お父さん、あなただよ、捨てられていた子犬だったその子をうちに連れてきたのは。何も言わずに置いていったけどね。レモン! 思う存分暴れ回っていいから」
そう言われなくても、レモンは家の中を走り回っている。
お父さんが「こら! レモン」と追いかけた。
レモンはリビングの隣にある、少しだけ開いていた扉を前足で器用に開けると、大きなベッドを見つけてジャンプして飛び乗った。
布団に濡れた全身の毛をすりすりしている。私もレモンを抑えるふりをしてベッドに身体ごと飛び込んでいく。うつ伏せで私も顔をすりすり。うん、寝心地が良さそう。
その体制のまま、あちこち跳ね回っているレモンを眺めていると、
「一花、頼む。レモンを抑えてくれ」
お父さんが哀願するように言った。
その声に立ち上がってお父さんたちの顔を見つめながら、
「あのね。私の心はこんなもんじゃないんだよ。あなたたちは今、泥で汚されたとか思ってるかもしれないけどね。考えてもみてよ。私、まだ中学生になったばかりなんだよ。お父さんが浮気して好きな人作って出ていきました。その人と結婚しますなんて聞いて、私の心はズタボロなんだから。人の心を踏みつけにしたってことよく覚えておいて! 言われなくても帰るから。レモン、行くよ!」
「わん!」と勢いよく吠えてレモンが私の後を追う。
玄関の扉を開ける前に振り向かずに言葉を投げつけた。
「お父さん。今日は私の誕生日。もうお父さんは忘れてるみたいだけど 」
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