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ジリリリリ。
チャイムの音がいつも以上に頼りなく聞こえ、堪らなくなってドンドンと扉を叩いた。滝川さんは迷惑な素振りは少しも見せず、いつも通り優しく笑って出迎えてくれたけれど、掛けられた言葉にまた血の気が引いた。
「はいはい。あら沢田さん。どうしたの?あら、一人?」
「花世……来ていないですか……」
「えぇ。今日、というか最近は来ていないわねぇ。てっきりお仕事でも始めて忙しくしてるのかと思ったけれど、違うの?どうかしたの?」
肩で息をしている僕を心配した滝川さんが、玄関先のベンチに座るように勧めてくれた。お礼を言うのも惜しくドカッと座る。
「家に帰ったら花世がいなくて……ついさっきまでいたのに急に消えた……みたいな。スマホも財布も家にあったから遠くには行ってないと思うんですけど、何だか嫌な予感がして……。滝川さんの所しか思い浮かばなくて。あの、何か心当たりありませんか?」
縋るように言ったけれど、滝川さんは困惑の表情を見せるだけだった。
「急な予定ができた可能性はないの?誰かに連絡はした?」
「いえ、まだ。変に心配させてもよくないと思って。あの、滝川さんは花世の様子がオカシイと思ったことはありませんでしたか?特に……その……夢の話とか」
滝川さんが眉間に皺を寄せ難しい顔をしたので、直感的にあの話を聞いている、とわかった。
「聞いているんですね」
「えぇ……えぇ。聞いていました。知らない土地に越してきて心細いせいかしらと思っていたけれど……。もしよかったら書庫を見に行きましょうか。私も歳で鍵をかけ忘れることがあるから……」
「あ、はい。お願いします」
「家の中も見てくれていいのよ。いるかもしれないと思ってしまうのも気持ちが悪いでしょうし」
「いえ、そこまでは……大丈夫です」
滝川さんが花世を匿っていないのは、残念ながら疑いようもないと思い断ったけれど、気遣ってくれた滝川さんが「書庫の入口は二箇所あるから、こちらから行きましょう」と家の中に招いてくれた。
家と書庫を繋ぐ渡り廊下側の入口は、基本的に鍵を掛けっぱなしだし、書庫の中から鍵の開け閉めはできない。庭から自由に出入りできる扉は、反対によく鍵を掛け忘れるから花世ちゃんに心配されたのよ、と渡り廊下を歩きながら滝川さんが教えてくれた。
書庫の扉の鍵を開ける音が希望の音のように聞こえたけれど、中に花世の姿はなかった。
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