夢ノート

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九月五日。 少しだけ図書影の影が見えた気がした。もっともっと早く漕がなければ。 九月六日。 道路に倒れている女の人が見えていたのは私だけじゃなかった。でも、それはあまり話していいことじゃないらしい。 「皆、見えているの。でも見ちゃいけないの。気付かない?あの人の流す血の量は日によって違う。長い髪の下で向いている方向も変わっているんだって」 「気付かなかった……というより、不気味で怖くて見れなかった。あの人は誰なの?」 「ここのルールを破った人らしいの」 「ルール?自転車に乗らなきゃいけないってこと?」 「ううん。それじゃなくて。あ、もう行く時間。続きはまた」 見ないようにしていた存在が、瞳の端で色濃くなる。息が苦しくて、皆の背中が遠くなった。 起きてからもモヤモヤが消えない。あの人は誰?ルールって何?そればかり考えてしまう。気づけば坂の上にある図書館を検索して、似ている場所がないか眺めている。行ける距離にないだろうか……あぁ、でもダメだ。自転車で行かなければ。何故、私は自転車に乗らなきゃいけないと知っていたんだろう。 九月十日。 図書館を目指せる日数は人それぞれ決まっているらしい、と一番の友達だと思っていた名前も知らないあの子が現れなくなってから知った。 「どうやってわかるの?何日残されているの?」 「それはわからないよ」 「日数が終わったからあの子は来ないの?」 「そうなんじゃないかな。それかルールを破ったか」 そう言ってバカにしたようにクスクス笑う二人組を殴りたくなった。あの子はルールを知っていた。破るわけない。 「そのルールって何なのよ」 「いいの?知ったら意識してしまうよ?逃れられなくなるよ?」 「気になるの。それに、知らなければルールを破っちゃうかもしれないでしょ」 「ふふふ、どうなっても知らないよ」 二人組の一人が耳元で「フリムイチャダメ」と囁いた。 自転車に乗る。そんな余裕はないはずなのに、後ろが気になって仕方なくなった。ダメ、前へ行かなきゃ。図書館を目指さなきゃ。 九月十五日。 あの日から後ろばかり気になってしまう。希望を持って図書館を目指していた私はいない。これは私の見ている夢なのに、その中でさえ自由になれなくて息苦しい。見たくないと願っても毎晩毎晩見てしまう。得体の知れない何かに逃げるなと言われているようで怖い。目指せる日数は決まっているはずなのに、いつ終わるの?眠る度に身体が疲れている。 優しさで言ってくれたとわかっているのに、宏斗に「やっぱり自転車買う?」と聞かれ、キツい口調で「いらない!」と言ってしまった。オカシイと思っただろうな。私もオカシイと思う。誰かに聞いてもらいたい。こんなオカシイ話も滝川さんなら聞いてくれるだろうか。 九月十八日。 もう楽になりたい。いっそ振り向いてしまえばいいのかもしれない。何も無くて、あの二人組に操られているだけかもしれない。今日はあの人の血が凄くて、私の自転車のタイヤだけが滑って、すぐ横に転がるあの人と目が合ってしまうかと思った。こちらは見ていなかったはず。目は合っていないはず。 九月二十五日。 滝川さんの家で沢山話を聞いてもらってスッキリしたのに、台無しだ。とうとう振り向いてしまった。あの人が動いた気がして思わず振り向いた途端、トラックにひかれ、あの人の代わりに血を流して転がっていた。 驚いて声を上げて飛び起きてホッとした。これがこの夢の終わりかもしれない。良かった。でも、眠るのが怖い。
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