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今の冷がどんな人間かを見たら、もうこれ以上知りたいなんて思わなくなるかもしれない。気持ちが変わるかもしれない。変わらないかもしれない。
とにかくまずは今の姿をちゃんと見たらいいよ、そう彼は言った。
「俺のことは静って呼んで」
女性的で美しい名前は、容姿端麗な彼によく似合っていた。私のことも呼び捨てでいいと言うと、静は「わかった」と小さく頷いて笑った。
向かった先はお世辞にも雰囲気が良いとは言えない工場街だった。もう使用されていないのか人気がなく、空も薄暗くなってきたからか不気味にすら感じる。
「こっち」
言われるままについて行くと、しばらくして人の声が聞こえた。それも複数だ。
なんだろう⋯⋯⋯⋯言い争ってる?
足を進める度に大きくなっていく音になんだか嫌な感じがして眉を寄せる。
怒号だけじゃない。鈍い音にうめき声。それと何かが倒れるような、そんな音。
それは人間が崩れ落ちる音だった。
「足元気を付けて」
静は廃棄物用の大きなコンテナが並ぶ場所に私を押しやって、少し高い位置にある窓から中を覗くように指で示す。
「⋯⋯っ」
そこで何が起こっているのかなんて、見なくてもわかった。
だけど見ないなんて選択肢はなくて、背伸びをして窓の向こうに視線を向ける。
ああ、と息がこぼれた。
数人の男達を相手に、1人で対峙する姿。静と同じ制服を着たその人は、間違いなく冷で。
「ぎゃあっ!!」
冷の振り上げた拳が、相手の顔面にめり込んだ。
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