冷の世界

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俺の父親である三井組の組長が冷を引き取ったのが10年前。 初めて会った時、冷の服はボロボロだった。 清潔感はなく髪もボサボサ。その姿を見れば家庭環境が荒んでいることなど一目瞭然で。 母親は若い恋人を作って出て行き、父親は酒と薬に溺れて子どもを殴る。挙句の果てには金がないからと息子をヤクザに売り飛ばす始末。 “親に売られた子ども”っていうのはこういう瞳をしてるんだと、冷の恐ろしく鋭い眼差しを見て思ったのを覚えてる。 「なんであいつに近付いた」 「落とし物を届けただけだ。お前が窓から捨てたやつ」 ——————ボロボロの幼い冷が引っ越し先に持ってきたものはたったひとつ。 当時流行していた女児用アニメのイラストが描かれた、おもちゃみたいな携帯用のシャンプーボトルだった。 “こころ” お世辞にも綺麗とは言えないが一生懸命書いたことが伝わる幼い字が裏側に書いてあるそれを、冷は今も間違いなくどこかに持っている。 こいつが唯一執着したものだったからだ。 「お前も同じの持ってたよな。俺が頼んでも触らせてもくれなかった」 「⋯⋯余計なことを」 「気になるんだろ、あの子のこと。学校で会ったとき、俺に見せないように隠そうとしてたもんな。まあ無駄になったけど」 「⋯⋯⋯⋯」 「睨むなよ、ちょっとからかっただけだろ」 心は人を殴りつける冷を見て泣いていた。だけど怖がることも目を逸らすこともなかった。 “冷のこと、知りたいから。私ひとりじゃ、近付くことも出来ないから” 初めて話したけど、強いのか弱いのかよくわからない子だった。
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