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こいつは⋯⋯気付いてないのか。それとも気付いた上でこんなこと言ってるのか。
俺が心を呼び捨てにしただけであんなに反応していたのに、こんなに簡単に「くれてやる」と言う。
平気でこんなことが言えてしまう。
そして、こいつをそんな風にしたのは俺だと実感する。
「⋯⋯わかったよ」
⋯⋯久しぶりに冷の人間らしい反応が見れたと思ったけど、それも一瞬のことだったな。
「俺のことは聞かれても一切話すな。余計なことをすれば殺す」
「お前が言うと冗談に聞こえねえよ」
「冗談だと思うか?」
⋯⋯⋯⋯本気だよな、知ってるよ。お前が俺を躊躇いもなく殺せることくらい。だからこいつは恐ろしいんだ。
冷の言葉を、俺には断る理由も権利もない。心には悪いけど、これからはあんなに冷を求めてる彼女の邪魔をしなくちゃならない。
冷のあんな姿を見ても逃げなかった、あの子を。
———————玄関の方から音がしたのはその時だった。
「冷、いる?」
声を聞いて、思わずしまったと息を呑む。だけど近付く足音に逃げ場はなかった。
「どうせまた何も食べてないだろうから、色々買ってきたの。それとやっぱりお皿がいると思うの。せっかく作っても紙皿だと味気ないでしょ。それにフライパンだけじゃなくてお鍋もあれば、もっと色んなものが——————」
リビングに入ってきた女は、クリーム色のワンピースタイプの制服姿に黒色のタイツを履き、手には買い物袋を持っていた。
栗色のロングヘアをなびかせて、丸い瞳を嬉しそうに輝かせていたけど、俺に気付いて一瞬にしてその輝きが消える。
ああ、そうか。調味料があったのはそういうことか。わざわざ作りに来てるとはご苦労なことだ。
いや、冷のことが大好きなこいつには何の苦労でもないのかもしれない。
視線が合ったから、軽く手を上げてみた。
「よお、純」
「⋯⋯なんでいるの?」
案の定、純は思い切り不快そうに顔を歪めた。
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