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特別
Side 心
翌朝、リビングに行くと珍しくお母さんの姿がなかった。
あ⋯⋯そうか。始発の新幹線で出張に行くって言ってたっけ。
お兄ちゃんは大学の授業が午後からだからまだ寝てる。1人で黙々と学校に行く支度をしていると、お父さんが帰って来た。
ヤクザの勤務形態はよくわからないけど、お父さんは夕方に出かけて朝に帰ってきたり、何日も帰らないことがよくある。
顔を合わせたのは2日ぶりだった。
「おかえりなさい」
「沙羅は」
沙羅っていうのは、お母さんの名前。お父さんの帰宅後の第一声はいつもこれだ。
「出張だって。何日か前に言ってたと思うけど、覚えてない?」
「⋯⋯忘れてた」
「うん、私も」
お父さんは寡黙で、表情もほとんどない。口を開くとしても単語を繋げてるって感じで、明るく元気に喋ってるところなんて見たことない。それにそんなお父さん、想像したらちょっと不気味。
でもお母さんを愛していて、お兄ちゃんと私のことを大切にしてくれてるって知ってる。
「心」
「ん?」
「おはよう」
お母さんの所在を確認して、思い出したように挨拶するのもいつも通り。「おはよう」と返すと、お父さんは頷いてソファに座る。
「⋯⋯あの、お父さん」
お父さんはちょっとだけイラついていた。他の人にはわからないくらい些細な違いだけど、私にはわかる。纏う空気が違うのだ。
お母さんにやっと会えると思って帰って来たのにいないから、寂しいんだろうなぁ。
お母さんが近くにいないと、お父さんはいつもちょっと不満そう。
「私がその⋯⋯繁華街とかで、お父さんの娘ですって言ったら、困る?」
私の言葉に、お父さんは静かに視線を寄越した。
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