特別

1/13
前へ
/82ページ
次へ

特別

Side 心 翌朝、リビングに行くと珍しくお母さんの姿がなかった。 あ⋯⋯そうか。始発の新幹線で出張に行くって言ってたっけ。 お兄ちゃんは大学の授業が午後からだからまだ寝てる。1人で黙々と学校に行く支度をしていると、お父さんが帰って来た。 ヤクザの勤務形態はよくわからないけど、お父さんは夕方に出かけて朝に帰ってきたり、何日も帰らないことがよくある。 顔を合わせたのは2日ぶりだった。 「おかえりなさい」 「沙羅(さら)は」 沙羅っていうのは、お母さんの名前。お父さんの帰宅後の第一声はいつもこれだ。 「出張だって。何日か前に言ってたと思うけど、覚えてない?」 「⋯⋯忘れてた」 「うん、私も」 お父さんは寡黙で、表情もほとんどない。口を開くとしても単語を繋げてるって感じで、明るく元気に喋ってるところなんて見たことない。それにそんなお父さん、想像したらちょっと不気味。 でもお母さんを愛していて、お兄ちゃんと私のことを大切にしてくれてるって知ってる。 「心」 「ん?」 「おはよう」 お母さんの所在を確認して、思い出したように挨拶するのもいつも通り。「おはよう」と返すと、お父さんは頷いてソファに座る。 「⋯⋯あの、お父さん」 お父さんはちょっとだけイラついていた。他の人にはわからないくらい些細な違いだけど、私にはわかる。纏う空気が違うのだ。 お母さんにやっと会えると思って帰って来たのにいないから、寂しいんだろうなぁ。 お母さんが近くにいないと、お父さんはいつもちょっと不満そう。 「私がその⋯⋯繁華街とかで、お父さんの娘ですって言ったら、困る?」 私の言葉に、お父さんは静かに視線を寄越した。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

304人が本棚に入れています
本棚に追加