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神様に忘れられた楽園 4(最終)
高く澄み渡った空を見上げる。ねがう、という形で鳥が飛んでいく。
「何かあったの?」
シリルが目を開いて聞いた。庭園の緑を吸い込んで濃くなった、宝石のような瞳。
「難しい顔をしてる」
「ソドムとゴモラは何で滅んだかっていう話」
シリルがふしぎそうに首をかしげる。落ちかけたシロツメクサの冠を、レイがそっと直してやる。
「性的に乱れていたからだろう。俺らみたいに」
「そうかもしれないけど、ソドムやゴモラにも本気で愛し合ってた人たちがいたんだろう。僕らみたいに」
「ほんとに難しいことを考えてる」
シリルが優しげな顔で苦笑する。レイはシリルの緑色の目に魅入られる。葉陰ですこし濃くなった若葉の緑。光に透かすと金色に輝く、猫のような瞳。
「結婚しよう」
「ヴェガスでするんじゃないの?」
「ヴェガスまで待てない」
シリルの手を取って、起き上がらせる。芝生の上にシリルを座らせて、自分の脚で挟み込む。
「夫シリルは、レイを法的に結婚した夫として認め、良いときも悪いときも、富めるときも貧しいときも、死の陰の谷を歩くことがあっても、愛することを誓いますか?」
「結婚式と葬式がぐちゃぐちゃだ」
シリルが口元を押さえて吹き出す。
「いいんだよ僕は無宗教なんだから」
レイがシリルの頬を手で挟んで念押しする。
「誓いますか?」
シリルの頬にふわりと赤みがさした。
「誓います」
「夫レイは、シリルを法的に結婚した夫として認め、良いときも悪いときも、シリルを愛することを誓います」
「死がふたりを分かつまで」
「死んでも離れない」
「それじゃゾンビだ」
レイがシリルに左手を差し出す。シリルは笑いをこらえながら、レイの指に空気の指輪をはめた。レイも同じようにシリルの細い指に空気の指輪をはめる。シリルがにっこりと笑いながら空気の指輪を見つめる。
「誓いのキスを」
シリルが上気した顔のまま、目を閉じる。レイも目を閉じると、シリルの唇に唇を重ねた。
遠くで鳥の鳴き声がする。光の雨のようにポツポツと頬を照らす日差しと、シリルの蕩けそうな舌のやわらかさを感じる。しばらく互いの唇の感触を楽しんでから、ふたりは離れた。シリルは目元を和らげて、穏やかに微笑む。
「ほんとうに結婚式みたいだね」
額をつけて笑い合う。
いつかラス・ヴェガスでオープンカーに乗って、牧師の祝福を受けて結婚しよう。行き交う街の人たちにも花束を投げて、祝福の言葉をもらおう。
春の風が吹くイングリッシュガーデンを見る。やわらかな木洩れ日のなかで、花たちは思い思いの色で咲いてキラキラと輝いている。シリルには、あらゆる色が重なり合う華やかな楽園よりも、混じり気のない雪のような白い世界が似合っている。
シリルの笑顔の残像を胸に、目を閉じる。
世界は僕らのことなどおかまいなしにぐるぐる回っている。いずれシリルもこの楽園から出て行って、ままならない世界のただなかに取り残されるだろう。
そのとき僕が、彼を支えていられるように。
目を開いて、シリルの夢見るような瞳と目を合わせる。
僕らを罪深いという神様なんていらない。
カインの印の代わりに、レイはシリルの額に祝福のキスを落とした。
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