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私(仮)
私の名前は河口芙蓉。
これは5年前から使っている私の仮の名前。
本当の名前は分からない。
なぜなら私には過去の記憶が無いから。
5年前のある日、私は病院の一室で目を覚ました。見知らぬ白い部屋で、看護師たちが慌ただしく右往左往していたのを今でもよく覚えている。そうして白衣を纏った中年の男性医師が現れて、私は名前を聞かれた。
その時に気付いたのだ。自分が誰なのか分からないことに。
様々な検査と質疑応答を繰り返し、私は記憶喪失と判断された。
夏の日の朝、私はとある海岸に打ち上げられていたところを通行人によって発見されたらしい。全身がずぶ濡れで傷だらけだったそうだ。中でも、頭部に酷い打撲を負っていて、記憶喪失はそれが原因だとされた。
更に困った事に、私は自分自身を証明できる物を何も持っていなかった。ボロボロになった衣服のみが、その時の私の所持品だった。
これらの状況から、私は何らかの理由で海に落ちて何時間も海中を彷徨い、件の海岸に打ち上げられたものと思われた。全身が傷だらけなのは岩場で何度も体を打ち付けたからだろう。
事件性も疑われたけど、私が何者なのか分からなかったので、警察でも対処のしようが無かった。
発見時は意識不明で、私が目を覚ましたのは病院に運ばれてから1週間後のことだった。そのことを考えると、記憶こそ失ったものの、命があっただけでも奇跡だったんだと思う。
そういうわけで、どこの誰か分からない私には新たな名前と戸籍が必要になった。役所の人の手を借りながら面倒な手続きの果てに手に入れたのが、河口芙蓉という名前だった。
因みに、年齢は外見の印象から20代後半と判断されたので27歳(仮)とした。
あれから5年が経っているので、今の私は32歳(仮)である。
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