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「うん、美味しい。やっぱり、芙蓉さんの作る料理は最高だなあ」
「褒めすぎよ」
「いやいや、本当に美味しいって。俺、芙蓉さんと一緒に暮らすまで、
この世にこんなに美味しい料理があるなんて知らなかったし」
「大袈裟なんだから。……でも、ありがと」
そんな他愛もない会話をしながら、夕食の時間は過ぎていった。
そうして肉じゃがが半分ぐらいになった頃、私はかねてから考えていた事を口にした。
「あのね、実さん」
「どうしたの? 改まって」
「その……結婚の話なんだけど」
私が言うと、彼も真剣な顔つきになった。
実は私は1ヶ月ほど前に彼からプロポーズをされた。
いずれそうなるだろうと思っていたし、拒絶する選択など無いはずだった。
けれど、なぜか私はすぐに首を縦に下ろすことが出来なかった。
少し時間が欲しいと願い出たら、彼は快く受け入れてくれた。
彼との結婚に素直に踏み切れない理由──それは、私が記憶喪失であることが原因だった。未だに自分が何者なのか分からない。過去に何があって、あんな瀕死の状態で海岸に打ち上げられていたのか。今でも何も分からない。
もやもやとした思いを抱えてはいたけど、これほどまでに自分に良くしてくれた実さんを裏切るような真似は出来ない。
そう思って、私はようやく彼のプロポーズを受け入れることにしたのだ。
「是非、よろしくお願いします」
食事の手を止めて私は頭を下げた。
きっと彼は喜んでくれる。そう思って顔を上げた。
でも、私の目に映ったのは、曇った表情で首を横に振る彼の姿だった。
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