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僕が帰る場所
僕は白萩 千里。若く見えるいい年をしたオッサンだ。人付き合いは好きじゃない。嫌いなわけじゃないが仕事に情熱があるわけでもない。友人は少なく、恋人もいない。ないないづくしの45歳。
「退勤まであと30分か……」
周囲の人間は付き合いの悪さをわかっているからもう何も言わない。今日は好きな作家の本の発売日。千里の一番の趣味は本だ。図書館に行くのも、本屋に行くのも好きだが何よりも家で読むのが大好きだ。今日の最優先は新刊を入手して読むことなので晩ご飯は何かを買って帰る予定だ。何を食べようか考えるのも楽しい。退勤後のことを考えると心が浮き立つが最後まで仕事を蔑ろにはしない。じゃないと、余計なトラブルが発生する要因になる。
「あの、ぎりぎりですいません……」
おそるおそる声をかけてきたのは仕事が遅いと囁かれている若手。千里は口元だけで笑みを浮かべ受け取る。
「個人でできる仕事より、他人に影響のある仕事を優先してくださいね」
「は、はい! すいませんでした‼」
最近は自分で考えて優先順位を考えたり、指示以外のことができなかったりする人間が増えているような気がすると上司がぼやいていたが、千里に言わせると指示が良ければ全員有能だ。人も最適なことも時代が変われば違ってくる。順応は難しいができなければ置いて行かれるしかないシビアな世界。生きるのって大変だよなとひっそり内心で呟く。
「退勤時間近いのに今かよ!」
怒鳴り声が響き渡る。気持ちはわかるが怒鳴る時間がもったいないとは思わないのだろうか。千里は必死で頭を下げる若手をちらりと見て自分が受け取った書類を高速で入力した。段取りは悪いがまとめは上手いようだ。5分余裕を残して完成した資料を提出部署に電話したのちメールし、上司へと報告する。
「え、早……」
ざわめきに怒鳴り散らしていた同僚が振り向いた。締め作業を始めている千里を見て目を丸くする。
「今日は定時であがりたいからちょっと頑張っただけだ」
「えぇ……」
「彼……真三木さん、書類のまとめ自体は上手いから作業自体は手間取らないでやれるぞ」
千里の言葉に書類を見た同僚はふんと鼻を鳴らした。そして、黙々と作業を始める。放置された真三木はどうしたらいいかわからずに固まっていた。
「定時1時間前をきった提出禁止。返事」
「はい! 申し訳ありませんでした!」
深く頭を下げ、千里の方にも頭を下げて早歩きで動いていく。まだ提出先があるらしい。でも、あれだけ怒鳴られたのを見た後でさらに追い打ちをかける人はこの部署に基本いないから何とかなるだろう。定時を知らせるチャイムが鳴った。
「お先に失礼します」
流れるように挨拶をして立ち上がる。頼まれた仕事も、頼まれそうな気がする仕事も全部終わらせた。誰にも文句は言わせない。集中している同僚の机にそっと板チョコを置いて退勤。少し離れた駐車場まで足早に移動し、クリーム色のまるっこいフォルムの車に乗り込む。
「先に本屋、サンドイッチ屋に寄る、うん」
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