Side A

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Side A

 戦線は最早絶望的だった。  オルゾ星爵が丘の上から眺める大地からは未だそのような不穏を感じない。遥か彼方から吹き抜ける風が収穫を待つ小麦畑の穂を揺らし、美しい空はもうすぐ落ちゆく陽に茜色に染まり始めている。しかしこの僅かの盆地の外では、既に同じ風景を見ることができなくなっていた。オルゾ星爵は上空を、雲の更に遥か遠くを眺め、無念に目を顰める。この絵画のように美しい世界は、明日の朝日の下ではもう存在しないのだ。そんな憤りと感傷がオルゾ星爵の心に押し寄せてくる。  間もなく敵軍が押し寄せこの地は炎に包まれ、ここを何も無い荒野にするだろう。オルゾ星爵が気づかず噛み締めていた唇からは血が滴っていた。 「星爵閣下。そろそろ最後の船が出ます」  部下の声が響いた。 「星爵か。そう呼ばれるのも今日限りだな」  その低い声に答えるものは誰もおらず、そこかしこから時折しゃくり上げるような嗚咽が響いていた。  400年。  オルゾ星爵の先祖がこのオルゾ星に初めて地球からの入植があったのは凡そ400年前だ。鉱物に覆われた星で原生生物を廃し、テラフォーミングを行い、地球の作物を植えた。初代のオルゾ星爵の時代は辛苦が続き、漸くまともな食事が取れるようになったのが三代目だ。貧民のようだった生活も漸く文明人といえるようになり、そこからこの星独自のオルゾ鉱と名付けられた鉱物の開発を行ってようやくまともな交易が行えるのは先代からで、ようやくこれからという時だ。  それは突然現れた。  まるで鉱物の塊のような鎧、いや、ロボットともでもいうべきか。突如として謎の生命体の攻撃が始まった。それが3ヶ月前だ。それは地上からの艦砲など届かない高高度にある母船、いや母船というよりはただの鉱物の塊のようなものから分離落下し、全てを破壊する巨大なクレーターを生じる。そうしてその中央部が割れて何者かが現れ、辺りを焼き尽くす。400年に渡り外的の侵略はなく、また、想定もしておらず、オルゾ星にはまともな武器はなかった。遠くから輸送するにも武装艦船など準備に時間がかかるのだ。応酬など不可能だった。  交渉を行おうとした。しかし使者は尽く焼き尽くされ、交渉が不可能である事実が突きつけられた。このオルゾ星はすでにその8割を制圧され、人が住める場所はこのオルゾ城のある盆地だけだった。  400年。  会ったこともない先祖の姿を思い浮かべながらオルゾ星爵は最後に見上げた。このオルゾ城の背後には巨大な金属塊が地面に突き刺さるようにそびえ立っている。それはこの星で最も大きなオルゾ鉱の塊だ。  オルゾ星爵は避難船に乗り込み、全館放送のスイッチを入れた。この3ヶ月で流れた血と涙はいかばかりだろう。高々に宣言した。 「我々は突然、未知の存在に侵略され、成すすべもなく撤退する。しかし私は必ず、オルゾを建て直す。そして必ずこの星に返ってくる。そして必ず、ただいまを言うのだ。今もこの地に眠る者たちに対して!」  この宣言は船内の誰もを震わせ、均しい感情を乗せてその視線を一点に向けた。  宇宙から見下ろせばオルゾ星は既に緑も、見知った全ては既に失われ、ただ、巨大なオルゾ鉱の塊が楔のように刺さっているのだけが見えた。
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