あの日、あの場所で

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 私はお父さんとお母さんとケンカして家を飛び出した。  もうこんなところにいたくない。  理由は些細(ささい)なことだった。  私はどうにも甘いおかずというものが苦手で、お母さんの作った黒豆の煮物を食べなかったらお父さんが好き嫌いはよくないと言ったのだ。  昔から嫌いなことは知ってるくせに、今さら怒るなんてひどいと思った。  私が食べないのがわかっているなら最初から作らなければいいのに。  いらないとお母さんの前に押し返そうとしたところで皿がひっくり返ってテーブルクロスに煮汁がついてしまった。お母さんの服にも飛び散った。  当然だけど、お母さんはすごく怒って私は最初からいらないと言ってるのに聞かないからと逆ギレした。  むしろ焦ったお父さんが止めに入ろうとしたくらいだけどお母さんと私の言い合いはヒートアップ。  全部ご飯を残して部屋に引きこもった。  夜中になるとお腹が空いてきてこっそり買い置きしておいたお菓子を食べた。  けれどこれくらいじゃお腹が膨れない。  ああもっと好きなおかずから食べておけばよかったと思うけど後悔先に立たず、というやつである。  イライラした私はお金と最小限の荷物を持って家出することにした。  お父さんとお母さんなんて私がいなくなったと思って慌てればいいんだ、と思った。幸い一晩くらいなら泊めてくれそうな友だちもいるし。  お母さんはちょっとしたことで怒るし、お父さんは口うるさい。本当にこんなところにいたくない。  私の部屋は一階にあるので台所の電気が消えてるのを確認するとこそこそと玄関から飛び出した。  冷えた夜風が吹き抜けて心地いい。  お父さんとお母さんはどうせもう寝ているだろう。せいせいする。  夜道を歩いていてバシャリ、と水たまりに足をつっこんでしまった。 「もう。やだ……」  昨日が雨だったのを忘れていた。  この靴けっこうお気に入りだったのに泥だらけになってしまった。  帰ったら洗おうっと。  そう思ってからいやいやと思った。  私家出中だし。当分家に帰るつもりないし。  それでも学生で行けるところなんてたかがしれてる。  さて、どうするかと考えごとをしながら歩いていたのがいけなかった。  急な浮遊感。濡れている草に足を滑らせたと一瞬遅れて気づく。  川に落ちる。  誰かたすけて。
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