あの日、あの場所で

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 ザバァッ。 「ぶはっ」  自分のことながらマヌケな声を立てて水面から顔を出した。  思ったより全然浅い。せいぜい水深は腰のあたりまでだ。 「お前さん、大丈夫か?」  なになに。  川から上がって間もなく、急にすごい剣幕で声をかけられた。  見ると帽子をすごく古くした感じのもの……頭巾(ずきん)だっけ?を被っている子が歩いてきた。 「あの、私は大丈夫ですから」  恥ずかしくて手をパタパタと胸の前で振る。 「大丈夫って……。空襲警報で川に逃げたんじゃねえの?」  空襲警報?  街が赤く燃えている。焦げくさいにおいがする。  あつい。  なに?どういうこと?と頭が混乱する。 「早く、こっち」  引っ張られて川を上がる。  二人で石橋の下に身を隠した。 「ここなら大丈夫だろ。まあ安全なとこなんてどこにもありゃしねえんだけどね」  男みたいな(なま)った喋り方だけど女の子だ。 「名前、なんて言うん?」  そう聞かれたので短く答えた。 「ミオ」  女の子はくすっと笑った。 「猫の鳴き声みたいだって言われへん?」 「たまに」 「あなたは?」  聞き返すと女の子は明るく答えた。 「よしえ。よっちゃんでええよ」  よく見るとかわいい顔をしている。 「じゃああたしもミオでいいよ」  いくつかよっちゃんに質問をしてわかった。  どうやら私はタイムスリップしてしまったようだ。  聞いた話からここは何十年前の日本、第二次世界大戦の真っ只中、ということを学校で習った知識をフル回転して理解した。こんなことなら社会をもっと勉強しておけばよかったなと思いながら。  この時代のことはよくわからないし時代に合わない服装をしていたのでとりあえず私は外国からやってきたということにしておいた。  言ってしまってからまずいかなと思った。  どこの国かはぼかしたけれど敵の国の人間だと知ったらどこかまずい場所へ引っ張って連れていかれるかもと。  でも、よっちゃんはあっけらかんとしたものだった。 「そうなんけ。大変じゃったのお。私も異人の友だちがおったんよ」  はあ、とよっちゃんは息をつく。  今のはため息か。  遠くを見る目をしながらよっちゃんは言った。 「アンナちゃんて名前でな。西洋人形みたいに可愛らしい子じゃった」  微笑んで、少し寂しい顔をした。 「大人の事情はようわからんけどな。私はアンナちゃんと会えなくなって悲しい。争いなんて、早う終わればいいのにな」  私はこの時代のことをほとんど知らない。  だけど、争いで悲しむ人がいるのはどう考えても間違っていると思う。 「兄ちゃんも兵隊さんになってから帰ってこんしなあ。ほんに、どうなってしまうんだか……」  ほろほろとよっちゃんの目から涙が落ちた。  涙は雨のように地面に染みこんでいく。 「嫌やわ、なんか湿っぽくなっていかんな。今日会ったばかりのあんたにこんな話ししてしまってごめんな」 「いいんだよ」  言ってあげたい。  今年は、というと混乱するがこの時代の今年は戦争が終わる年だ。  もうすぐ戦争は終わるんだよ、と。  本当のことは私からは何も言えない。  だけど、言った。 「大丈夫だよ。よっちゃんの待ってる人たちはすぐに帰ってくるよ」  よっちゃんはちょっと目を丸くして、それから顔をくしゃりとくずして笑った。 「ほんに、そうだといいといつも願っとるよ」  あ、と言ってよっちゃんは懐から何かを取り出した。  金属製の弁当箱。初めて見た。  その中に黒い物体が入っていた。 「これって……」 「黒豆の煮物。今日の晩ごはんやったけど食べそびれてしもてな。あんたもどう?」 「……うん」  私は少し手で摘んで食べた。  家でこんな食べ方したら行儀悪いって言われるだろうな、とふと思いながら。 「どう?」  よっちゃんが聞いてくるので言った。 「とってもおいしいよ」
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