銀木犀の花が咲く頃に

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 彼と別れてから三年が経つ。銀木犀の木の下で、その香りを想像していると、誰かがゆっくりと歩いてきた。胸からカメラを下げた昴だ。  彼は銀木犀の木の前に立ち、長い間花を見上げていた。そして両方の指で作ったフレームに、その花を捉えると、カメラを構えた。 「ただいま、昴」  わたしは彼の構えたレンズに向かって笑いかけた。  一度だけカシャリと音がして、彼はカメラを下ろしてわたしの方を見た。  その時、彼もふっと笑ったような気がした。  彼の撮った写真を見ることは出来ないけれど、きっと素敵な一枚になったのだろう。彼の背中を見送りながら、わたしはもう一度銀木犀の木を見上げた。  また来年、銀木犀の花が咲く頃に帰ってくるよ。  わたしは彼と過ごした幸せな時間を胸に秘めて、空に旅立った。
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