3人が本棚に入れています
本棚に追加
「祐基。会いたかったよ」
彼女のそんな言葉に、祐基は、ハッとする。
紗夜の表情は少し寂しさを含んでいた。
そんな彼女に心がざわつく。
そして、思い出す。
彼女のくれていた最後の連絡、「昨日の事は忘れて、またいつも通り過ごそう?」という言葉。
それは彼女にとって最善の策だった。
祐基にとっても逃げ道を作ってくれていたのに……。
何とも言えない罪悪感に祐基の表情は暗くなる。
そんな祐基に気付いた紗夜は「もう、そんな顔すんなよ! 終わったことじゃん?」と笑い飛ばした。
「でも……、俺、あの日の事すっげぇ後悔して……」
「別にさ、気にすることでもないんやないのぉ?」
「いや、気にすんだろ、普通」
「祐基はお堅いなぁ~」なんて言いながら紗夜は、ふわふわと部屋の中を回った。
生きた人間と違い、少し宙に浮いている彼女の動き回る姿は、どことなく妖精を思い浮かばせた。
やっぱり、幽霊は足がないんだな、なんて、場違いなことを考える。
一通り部屋の中を見て回ったのか、ふわふわ浮かびながら戻ってきた紗夜。
「ねぇ、エロ本とか置いてないんかい!」
突然の発言に、思わずずっこけそうになるも、『あぁ、紗夜ってこんな奴だったわ……』とフッと笑みが零れる。
「馬鹿め、今時エロ本なんか家に置かねぇよ! ネットで済ませるわ!」
「はっ……! 確かに!」
懐かしいやり取りに、なんだかあの頃に戻った気分になる。
じんわりと心が温かくなる楽しい時間。
失っていたあの時間。
心地のよさに、無性に泣きたくなった。
紗夜が馬鹿なことを言って、己がツッコミを入れて、そんな何気ないやり取りが好きだった。
しばらくそんなやり取りをして、祐基は、「そういえば……」と紗夜に話しかけた。
「お前、なんで俺に会いに来たんだよ? さっさと成仏してクレメンス」
「うん? いやぁ、祐基ともっかい遊びたくてさぁ! それが心残りなんだよねぇ」
「そんな事を心残りにするな、安らかに眠れ」
「うっせ、ばーか、ばーか!」と言いながら、紗夜はベーッと舌を出す。
本当にわからん奴だなと、祐基は苦笑いを浮かべた。
正直、己が心残りになるほど、大事に思っていてくれたことが嬉しい。
祐基は、どこまでも己は現金な奴だなと思った。
「んで? 成仏するにはなにしたらええのよ?」
「そうやねぇ~……。前に行こうって話しつつ行けてないとこ行こうぜ!」
「おう、しゃーねぇから連れてったるわ」
「あとは~……」
「まだあんのかよ!?」
祐基は、紗夜が心残りを解消するためにしたいことをメモをし、とりあえず、もう夜も遅いということで寝ることに決めた。
「てか、幽霊って寝るの?」
「さぁ? 寝ないんじゃね? 寝顔見てようか?」
「やだ、えっち……」
馬鹿な会話をしつつ、最終的に紗夜が外を見て回るということで落ち着いた。
スーッと壁をすり抜けていく彼女に、『幽霊って便利やな』と寝ぼけた思考回路で思う。
急にいろんなことが起こりすぎて、若干キャパオーバーだが、嫌な気持ちは湧いてこなかった。
明日からの日常が少し、ほんの少し、楽しみになったのはここだけの話。
最初のコメントを投稿しよう!