第二話

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 「紗夜、今日時間あるから行きたがってた店でも行くか?」  祐基は、紗夜にそう提案する。 すると、彼女は花が咲いたような笑顔で「行きたい!」と答えた。 彼女のそんな素直な所が祐基は好きだった。 嬉しそうに天井を飛び回る紗夜に、小さく笑いながら、着替えようとした。 しかし、幽霊とはいえ、異性がいる部屋で着替えていいのか? と悩む。  「おい、俺着替えたいんだが?」  「うん? 着替えれば?」  あっけなくそう告げる紗夜に、大きくため息をこぼした。 「馬鹿なこと言ってないで、出てけよ」と告げ、祐基はタンスから服を選ぶ。 紗夜は「しょーがねぇなぁ」なんて言いながら、部屋から出ていった。 デリカシーが少ない女だとは思っていたが、ここまでとは……。 それか、己が異性として見られてないだけか、と考え、ハッとする。 自分で彼女の事を男女関係ない友達だと言っていたというのに。 これでは、元から紗夜の事を女性として見ていたようではないか……。 その事実に、頭を殴られたような衝撃を受ける。 無意識的にこんなだったから、あの日過ちを犯したんだと己を責めた。  「おーい、祐基ぃ! まだぁ?」  ドアの外からかけられた声にハッとし、「すまん、もう少し待ってくれ」と答える。  昨日、紗夜が過去の事だと、もう気にするなと言っていたのに、また自分を責めてしまっていた。 いい加減、このことは思い出すのをやめようと思い、祐基はさっさと服を選ぶことにした。  着替えを済ませ、紗夜を呼ぶと、「おっせぇ! 女のトイレ並みに遅いわ!」なんて意味の分からない罵倒? を食らった。  軽く謝り、外に出る。近くの駐車場に停めていた車に乗り込み、紗夜も隣に座った。 「この車に乗るのも久しぶり」と小さく彼女が呟いたのを祐基は聞き逃さなかった。 しかし、話しかけるつもりで言ったわけじゃない事を分かっていたから、あえて聞かなかったことにしたのだった。  車の中では、外で紗夜に話しかけると変な奴になるだろうからと、イヤホンを付けることを彼女に勧められた。 そう、通話をしている風に見せかけるのだ。 よく考えてるものだと感心しながら、祐基は、目的地までの道を確認する。  「そういえば、祐基ってさ」  「んだよ?」  「まだ彼女いないの?」  「……てめぇ、塩まくぞ?」  「あ、察し……」  こっちを哀れんだように見る紗夜。 本当にこいつはデリカシーがない。 イラっとしながらも、祐基は、彼女に向かって中指を立てた。 「お? 喧嘩かぁ?」とノリノリでシャドーボクシングをし始める紗夜。 「気が散る」と答え、祐基は運転に集中する。  そんなやり取りをしている間に、あっという間に目的地に着いた。  「どっから回るんだよ」  「ん~……、とりあえず、あっちから」  そこからは、昔、紗夜が生きていて、一緒に過ごしていた時と変わらない時間だった。 楽しくて、居心地がよくて……。 祐基の心を罪悪感と痛みで襲わせた。  ズキズキと痛む胸に知らん顔をしながら、祐基はとにかく楽しんだ。 ぽっかり空いた時間を埋めるように。  お目当ての物を沢山買い込む。 紗夜の欲しがった物も買っておいた。 これで彼女が成仏した後も、彼女を思い出すことが出来るだろう。 祐基にとってのせめてもの罪滅ぼしのつもりだった。  紗夜が行きたいと言っていた場所には、だいたい巡ったが、彼女が成仏する気配はない。 『これは何か隠してるな』と勘づく。 だが、どこか幸せそうな紗夜の表情を見ていたら、『まぁ、いいか』なんて思ってしまうのだから我ながら馬鹿だなと思う。  家に着いても興奮冷めやらぬ状態で、お互い話が盛り上がる。 あれが良かった、これも良かった、なんて言い合った。  「あー! 楽しかったぁ!」  「そりゃよかったよ」  「本当に、楽しかったわぁ! ありがとね、祐基……」  改まったようにお礼を言う紗夜に、なんだかむずがゆい気持ちになる。 寂し気に笑うのは、彼女が何か我慢している時の癖だ。 そんな癖すら把握してしまうくらいに、祐基と紗夜の心は近かった。  「……まだ、なんか隠してんだろ?」  「えー? ……なぁんもないよ」  へへっと情けなく笑う紗夜に、今までにないほどイラついた。 何を隠しているんだと。 もう、死んでしまっているんだから、ぶちまけちまえと。  「お前のなんでもないは、なんかある時なんだよ」  「……ほんとに、そういうとこなんだよ。馬鹿」  悪態をつく彼女の心境が分からない。 そういうとことは、どういうとこだとイライラが増していく。  「今更、何我慢してんだよ! 未練あると成仏出来ねぇんだろ?」  「……成仏したくないって言ったらどうすんのさ」  少し低く、怒りの滲んだ紗夜の声に、祐基は目を見開く。 ここまで彼女がキレているのを見るのは初めてだからだった。 どんなに嫌なことがあろうとも、冗談のように怒ったり、笑って流していた紗夜しか知らなかった。  彼女の本気の怒りに、祐基は言葉を出せなかった。 本気で紗夜が成仏したくないと思っているのか? それは、なんで? と色んな事が頭の中を駆け巡る。  「……なんてね! 気にしなくていいんだよ。楽しんだし、もう、出ていくからさ」  いつものような笑顔を浮かべ、紗夜はそう言い放つ。 笑ってはいる。 いつもと変わらない表情だ。 でも、なぜだか、とても悲しく見えた。無理をしているように見える。 「じゃあね!」と出ていこうとする紗夜。 祐基は咄嗟に声をかけた。  「行くな!」  彼の予想外の言葉に、紗夜は目を見開きながら振り返った。 「頼む、行くな……」と必死に伝えてくる祐基。 紗夜は、もう動いていない心臓が強く収縮したような痛みを感じた。 どうして、今更、そんな思いが頭の中に浮かぶ。 彼女の中で終わらせたはずの感情に、改めて火が付いたように感じていた。
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