おにいさん

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 ──誰かが私の名を呼んだ。  それは陽も落ちかけた夕暮れ時のこと。  学校帰りの私は鞄の重さから昔よく遊んだ公園を近道にして帰路につく途中。  声のした方へ振り向けば、太陽のオレンジと地面に映る大きな黒い影がその人の足元から伸びていた。 「まゆちゃん。大きくなったねぇ」  その人は、にんまりと笑う大きな口と伸びっぱなしの黒髪、オーバーサイズのパーカーから覗く細く長い足。身に付けているものはどれを見ても真っ黒で、地面に伸びる影と殆ど同化してしまっている。  ああ、これ不審者だ。本能が言う。今すぐ走って逃げろと。  運動は自信のない私だけど、逃げ足の速さには定評がある。昔はよく幼馴染と近所のお家にピンポンダッシュして、1人だけ逃げ切ったことが今も地味に私の誇り。  ローファーとはいえ、きっとこんな変な人には捕まらないだろう。  未だにやにやとこちらを見つめるだけの不審者と一定の距離を保ちつつ、できる限りその姿を視界に捉えたまま足元の砂利を踏みしめる。  頭の中でカウントダウンを始めて、0になった瞬間走り出す計画。  3、2、1──…0  ざっ、と地面を蹴った砂の音と、相変わらず重い鞄の中でからんと鳴らす水筒の金属音。勢いあまって脱げそうになるローファーをなんとか足に留めて公園の出口を目指す。
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